ACT44:君が為に強くあれ






 「―立ちなさい、烈火!!」



火影側から陽炎の叱咤がとんだ。



「己の為でなく、人の為に戦う心の強さ!!

 その強さはここで倒れる程、弱くない!!立ちなさいっ!烈火!!」



烈火への、母として贈る言葉。

それに呼応して烈火は勢いよく立ち上がった。

―烈火は柳のために。

柳を守る為に強くなったはずだから。ここで倒れるわけにはいかないのだ。



同時に、観客からも反撃を示唆する歓声が上がった。

それに紅麗は僅かに目を細め、口を開いた。



「……詭弁だね。他人の為に戦う心が強い!? 詭弁だ!!戯言だ!!陽炎!!!

 自己満足だっ、ははははは!!

 甘ったれた信念で死ぬ者は、所詮クズよ!!

 そんな事で強くなれてたまるものか!人を踏み躙り、のし上がった者こそ覇者!!

 仲間?友!?己が進む道を共に歩む者など不要!!

 一人だ!!人は自分の為に強くするっ、強くなれるのだ!!」



紅麗が今までにないほど、饒舌に語っていた。

―ズキン…と、その言葉にの胸は痛んだ。

しかし……その心は不思議と落ち着いていた。



―統べる者は皆たった一つの『頂上』に立つがゆえに孤独隣り合わせである。

火影では『炎術士』というその特殊性な能力を顕現することで、

上に立つ者となる資格が与えられる。

つまり生まれたときから、周囲と一線を画して注目される存在であった。

―だからこそ見舞われる不幸。

その一つが紅麗だったといえるだろう。



―そしてそれが世の真理。

しかし決してそれがすべて正しいわけではない。

……それを、烈火が身を持って証明してくれる気がしていた。

いや、例えこの言葉すべてが紅麗の本心だとしても、

はそのさらに奥にある紅麗の気持ちがあることを信じていた。

―あの紅麗様限って、ない訳がない……と。



「ぎゃぁぎゃぁうるせーーよ、演説家!」



烈火が紅麗に炎で攻撃を仕掛けた。



「同時竜――砕羽、崩!!」



それをが初めて見たのはそう、魔元紗にで柳が襲われていた時のことだ。



「同時竜……」



あれから完全にモノにしたらしい。

はじめて見る技に、観客たちは一斉にどよめく。












「……私達はいったい、何なんだろうね、雷覇。」


「……十神衆。紅麗様の為、命を賭す忍。」



そんな光景を見守りながら、ポツリと寂しげに紡がれた音遠の言葉。

雷覇はそれにただ、坦々と返した。



「だね……その気持ちに偽りはない。でも……不必要な存在なのかもね。

 あの方は今、我々と共に歩む事を拒まれた……」



そう言う音遠の目には、今にも零れんばかりの涙が浮かんでいた。



「この体を…この命を…あの方の為に使いたい。

 そんな想いも、彼は詭弁と……自己満足と言うのかしら?

 ついてゆく事すら、かなわないのかしら……?」



いつになく弱気な音遠に問い掛けられた雷覇は、少したけ困ったような顔をして笑った。



「んー……そうですね。

 多分…本心であるさっきの言葉とは別な、もう一つの考えもあると思いますよ。」


「――私も兄さんに賛成、かな?」


「そやそやっ!」



音遠と雷覇。

二人の会話に突如として割り込んだのは、

苦笑を浮かべたと自信満々な様子のジョーカー。



「あの人はホンマ筋金入りに素直やないっ。

 いっつも巧みに根っこの部分は見せへん。」


「……!!新参者の貴様にあの方の何がわかるっていうの!?」


「わかるわい、ヒステリー!」



頭を帝釈廻天で叩かれた音遠は、澱むことなく答えるジョーカーに腹を立て噛み付いた。

しかしジョーカーもすかさず張り合うように言い返した。



一方その隣りでは、そんな二人を横目に見つつ、

「お帰りなさい」「ただいま」などという他愛もない挨拶を交わしていた。



、突然駆け出して行ってしまって、心配しましたよ?」


「ご、ごめんなさい!ちょっとトイレに……」



相変わらず過保護な雷覇に、苦笑する

しかし、心配させるような行動をとった自覚はあったので、素直に謝っておいた。

すると、ジョーカーが…―スッ、と3人の視線を集めて、

何かを教えるようにリングを差し示した。



「―『紅』を見ぃ。あないな形とはいえ、あの人は共に戦う者を選んどる。

 そして……あんたらかて同じように見とるはずや!」



それは誰でもない麗十神衆の『ジョーカー』だからこそ言えた言葉だろう。



「……見てみぃ。証拠が見れるで。」



彼がそう言った矢先のことだった。

突如として、紅麗の周りを激しく炎が包みこんだ。

同時に感じるのは強い圧迫感。

―紅……?



「…出で……よ…」



掠れて聞こえた声に呼応するように、紅麗の姿が一瞬ブレた。

―いや、違う……!!あれは……



「あっ…あいつは……!!?」



誰かがそう、叫んだ。

ほとんどの者たちはその存在に驚き、大きく息を飲みこんだ。

―圧倒的な存在感。

しかしそれだけではない。その顔、その姿には見覚えがあった……



「磁生ぉーーー!!!」



音遠が震える声でその名を叫んだ。

―麗十神衆が一人、磁生。

Bブロックの決勝戦。魔元紗の手によって殺された、麗(鉄)の大将にして紅麗の忠臣。



「磁生さん……」



が見るのは二回目だけれど、それでも込み上げて来るものがあった。



「……見い、証拠や。どーでもええ奴を、自分の中に取り込むとは思わん。

 あん人は…死んだ磁生さんと一つになる事を望んだんや。紅さんと同じように!」



―忘れられるわけがない。

あの光景を……瞼を閉じれば、紅の、磁生の炎となった瞬間が今も鮮明に思い出される。



「素直やないんや……絶対にそうは思わせへんやろうし。

 ……もしくは自分でも気付いとらんかもしれへん。

 ただのォ、あの人は良くも悪くも“まだ人間”や!」


「く…紅麗様……」



ハラハラと涙を流しながらリングを見つめる音遠を、はそっと優しく抱き締めた。



「泣かないで、音遠……」


「――私は……磁生が死んだ時、彼を哀れに思った。」



何かを思い出したのか、その顔が切なく歪んだ。

多分、磁生が死んですぐ後のことなのだろう。

―雷覇、音遠、磁生。

昔から紅麗にのみ忠誠を誓い、誠実に仕える忍たち。

気づけば言い合ってばかりいたけれど、唯一紅麗を絶対の存在とし、

心の底で信頼し合っていた者たち。

も磁生が亡くなり、棺の前で紅麗と出会った時のことをぼんやりと思い出していた。



「あの方の、心の内を読めぬ自分が恥ずかしい……あれは、本心ではなかった。」



―知っていても、は揺らいだ。

それは未熟さからか、それとも紅麗の心の内がとても複雑に出来ているからか。

……いや、その両方だからだろうか。



「我らの心を知り……信じてくれたからこそ、

 己の一部として磁生を受け入れてくださった……

 磁生も、うかばれるよね……」



磁生が紅麗の炎となったとき。

炎となって現れた磁生の表情はとても幸せそうにには見えた。



「今は、あの人の力となりえた磁生を……うらやましく思うよ……」



そう言うと、音遠はを強く抱き締めた。



「音遠……」



の目からもまた、一筋の涙が零れた。



―忍とは耐え忍ぶ者。

『すべてはたった一人の主君がため』

それが私たちの存在感意義だから。
















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