ACT43:因縁の血、血の宿命






 「紅麗様……」



の呟いた声はとても小さく、あっという間に空気へと溶けていった。

こんなところで一人グダグダと考え込んでいても、答えが見つかるわけではない。

頭でそれを理解していても、そこから一歩踏み出す勇気が、今のにはなかった。

……それほどまでに、思いが擦り切れてしまっていたから。



「―嬢ちゃん、そこで何しとるん?」



突然、耳に飛び込んで飛び込んできた関西弁。

話しかけられたことへの驚きと、思わぬ人物が現れたことに、はゆっくりと顔を上げた。



「ジョーカー、さん……」



―この場合、顔見知りであったことは幸か不幸か。

は戸惑いの色を隠せず表情を曇らせた。



「えっ…と、怪我の方は大丈夫なんですか?」



同じ十神衆とはいえど、彼とは疎遠であった。

そのため、対応の仕方が全くわからない。

―試合を見ていた限りだと、飄々とした性格のようだが……

紅麗の話題が出る事への恐怖と、会場から逃げ出したことへの気まずさも相余って、

できるだけ当たり障りのないことをジョーカーよりも先に口にした。



「おっ!心配してくれとるんや?優しいなぁ。心配無用!この通りピンピンしとりますー。」


「そ、そうですか……」



―エッヘン!と胸を張るジョーカーに何と言って良いやら。

は返事だけを返して、会話は終了。内心で頭を抱えた。

―紅麗を、小金井を見ていられず逃げ出してきたはずなのに、

 自分は今何をやっているのだろう、と。



「あ、そやそや。忘れとかんうちに礼を言おうと思うとったんです!

 ほんま、嬢ちゃんには感謝感激!おおきになー!」


「……私、何かしましたっけ?」



何故か両手を握られ、丁寧にお礼を言われた

―……ただしその理由は本人も不明だ。

できればそこらへんの詳しい説明もして欲しいところだ。



「いやぁ、自分なむっちゃ小金井くんと試合したかったんです!

 昨日したことが無駄にならなくてホンマに良かったというか……」



何か小細工を仕掛けていたらしいことは、先の試合でも会話に上がっていたが。

小金井と試合できたことからどう紆余曲折してへの感謝へ繋がったのか。

それが、にはよくわからなかった。



「えっと……?」


「別にな。火影に勝って欲しかったわけやない。

 けど、命なぁ……あの人は正直、自分もムカついとったんです。

 私情やけどな?紅麗さんの品位が疑われるっちゅーねん!」


「それは……」


「本人はええって言うてましたけどな。

 それでもあないな勝ち方すんの、自分は許せませんわ。」


「…………」



このジョーカーという人物は掴み所がない。

それが誰であろうと、その印象にさしたる差はないだろう。

けれどしっかりと一本“芯が通っている”人物らしい。



「だから結果としてな?嬢ちゃんの結界、あれに助けられましたわ。

 あの試合で火影が負けてしもたら、自分の試合どころか全部お終いやったし。


 ―何より、紅麗さんは烈火さんと戦わなあかん……!!

 そう、自分は思うてますから。」



―あぁ……そうかもしれない。

はその言葉を聞き、不覚にも泣きそうになった。

火影との試合の最中、ずっと、何かが変わってしまうような気がして、少し怖かった。

怖かったけれど、その何かに期待してしまっている自分がいて……

それはずっと、柳のことだとばかり思っていた。

そしてその思いは、紅麗への裏切りだと。

―けれど……



会場から大きな歓声が聞こえた。



「おっ!烈火さん、来たみたいやね?ちょっとばかし、遅刻やけど。」



ケラケラと笑うジョーカー。

そんな彼をはゆっくりと見上げ、ポツリと呟いた。

―不思議な人ですね。

言葉の一つ一つが自然と心に入ってくる。

ジョーカーが一方的に話していただけなのに。

まるで諭されているような、そんな気分だった。

が出会った人たちの中でも……そう、一番雷覇に近い、安心感にも似た感じがした。



―花菱君……期待しても、良いですか。

彼の本心が一体どこにあるのか、はその答えを見つけたかった。

だから……

―『烈火』ならば、きっと……



「なぁ、嬢ちゃん。紅麗はんのとこ行かへん?」



優しく響いたその声に、はしっかりと頷いた。



「……はい、行きます。」



―勝っても負けても、最後まで……兄と慕い、主君と仰ぐ、彼の人の元で――

―カツン、と一本踏み出す足音が、人気の薄い通路に響いた。





草木や花は、等しく風に揺られるものである。

しかしそう簡単に倒れることがないのは、根がしっかりしているからである。

―それは実を言うと人間も同じで……

心は不動のものにあらず。

大なり小なり揺らぐものである。

けれど、気持ちの土台がしっかりしていれば、そう簡単に折れることはない。

どこまで耐えられるかは、その人次第……。






















―光の入口をくぐった先。



の視界に飛び込んできたのは、大きな片翼。

優美でいてどこか悲しい『紅の翼』



「……弱者は…踏み躙る。これが…我が母、麗奈の教えよ。」



―麗奈様。紅麗の産みの母にして、火影頭首の妻であった人。



「陽炎の時空流離で共に時を流れ……求め合うが如く、同じこの時代へ流れた。

 これは単なる武祭の戦いではないぞ、烈火。

 400年以上にわたる、火影頭首を争う戦いだ!!」



―火影の因縁。

それは自身に全く関係のないことではない。

400年を越える時が流れていても、その身に流れる血は、

間違いなく『火影』のものである。



―……まさか、このような形で見届けることになるとは、思ってもみなかったけれど。



「私は忍として生き…死んでいった母を愛している。その母が愛した火影もな。

 そんな火影の名を――貴様が名乗るなどおこがましいわ!!」



紅麗の一撃により、烈火が激しくリングへと叩き付けられた。



―そう、例え血が流れていようとも『火影』を名乗る資格がや雷覇にはない。

 いや、あってはならない。

紅麗が許そうとも、自分たちが許せない『大罪』



―この戦いも、身に流れる血も、すべてが因縁。

そう考えると、この武祭でが『火影』の一員として戦うことがなかったのも、

妙に納得がいった。



―それは『火影の裏切り者』としての宿命だったのかもしれない、と。

浅ましい身ゆえに、その名を冠することを拒絶されたのだ。



「考え過ぎ、かな……」



―紅麗のことも、火影のことも。



リングが、少しだけ遠かった。
















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