ACT42:才の影
「よっしゃ!!いっくぞーーっ!!」
の予想通り、気合いを入れ直した小金井の顔は、
先ほどまで苦しんでいたが嘘のようにとても生き生きとしたものに変わっていた。
その変貌ぶりには観客も呆気にとられており、対戦相手のジョーカーもその例外ではなかった。
勢いよく駆け出す小金井は、多彩なフェイントを織り交ぜて攻撃を繰り出した。
―動きが良くなってる……!!
気の持ちようで、ここまで変わるものなのかと、も目を丸くした。
何合か交えたかと思うと、タイミングを計っていたかのように
小金井が帝釈廻天を弾き跳ばした。
明らかに―…ヤバイ!と顔を強張らせたジョーカーだったが……
「ひろっていーよっ!待っててあげる!!」
小金井のその一言に、は紅麗の館での事を思いだしてクスリと笑った。
「小金井らしさが戻ってきましたね。」
「そうだね。今の方がずっと薫くんらしい。」
「お子ちゃまは単純でいいわねぇ……」
笑みを零す二人に対し、音遠は一人呆れて毒づいたが、
あの無邪気な明るさはこの殺伐とした会場の中では見ていて微笑ましいものがあった。
本当に。先ほどまでの焦りや疲労が嘘のようだ。
「おもろい!おもろいわ、小金井くん!!やっぱ君に目ぇつけたんはあたりや!!」
突然小金井が元気になったことに驚いたものの、
見切りをつけるには時期尚早だったことを悟った。
まだまだこんなものではないという事実に、ジョーカーは歓喜する。
「さァっ、重力結界+(プラス)の超ハイパー版や!!逃げ場はない。
このままやったら下にまっさかさまやでぇ!!」
帝釈廻天を両手に、前へと突き出した。
決して狭くはないリング。
中央に立つジョーカーは、ジリジリと重力結界を広げていく。
「……とはいえ、自分も結界の中なんでつらいんやけどな。はよギブアップして!」
リングの周囲はグルリと底の見えない堀で囲まれている。
落ちればもちろん命はない。
「五之型『暗』!魔弓!!」
鋼金暗器を変形させた小金井に、諦めた様子は全くなかった。
むしろ何かを仕掛けようとしているのか、目が輝きに満ちている。
「……そうでっか。“とことんやる”と!!
なんだかんだゆーて、自分、小金井くん好きやったんやけど……
仕方ないですなーーーっ!!」
重力結界が一気に広がった。
「終わりや!!小金井くん!!」
重力結界が小金井に届く前に、小金井が魔弓を放った。
しかしそれは周囲の想像通り見る見る失速し、ジョーカーへと届く前に足下へと落ちた。
そしていつの間にか、重力結界もリング全体を覆い尽くしていた。
「―っ!上に逃げたかっ、でもムリや!!地面にたたきつけられるで!」
空中にいる小金井を見上げつつ、ジョーカーはニヤリと笑った。
「その前に倒すよ。『パズルは完成した』!!」
しかし小金井も不敵に笑い返した。
手には、鋼金暗器の核が握られている。
「――六之型『無』!」
何の形状も持たない鋼金暗器が姿を現した。
「――!!?」
「あれはっ!?」
「バラバラやとォ!!?」
空中に点在する鋼金暗器の部位。
その内の核の付いた鎖がジョーカーを束縛した。
「あででで!!」
「――集えっ、鋼金暗器!!」
その一言により、部分は一斉にジョーカーへと向かって集束する。
「鋼金暗器の最終形態、幻の型とでもいいましょうか。まさに『幻』……型を成さぬ無。」
「この戦いの最中で見出だしたというの……?」
音遠の驚きの声が上がる。
「その上、重力を味方につけた部分は速度を増し続けるわ。
いくらジョーカーといえど、よけきる余裕はない。」
「末恐ろしき……『天賦の才』ですね。」
その戦闘センスの良さに3人は息を飲んだ。
一方、突き刺さった鋼金暗器の部分を自力で抜いていくジョーカー。
しかしそのダメージは大きく、致命傷だと言っても不思議ではない。
「……んふふふう!!負けた事にしといたる!」
吐血し、どこかヨロヨロとしながらも、決して地面に倒れることはなかった。
「今日はおしまい!!」
―それは、つまり……
審判がすかさずクイッと小金井の腕を掴んだ。
「ジョーカーギブアップ!! オラ勝者ァああああっ!!小金井!!!」
―小金井が勝った。
信じられないが、これで火影にもリーチがかかったことになる。
リングでは、何を思ったかジョーカーが小金井に歩み寄り、その頭を小突いていた。
「言ーとくが、自分はまだピンピンしとるんやからなっ!
ここで白黒決めちまったら楽しゅーないやろ?プレゼントフォーユーや!!」
「…ジョーカー、おまえさ…っ、最初っから最澄、殺す気なかっただろ?」
それに対し、小金井はニシシッ!と嬉しそうに笑い返した。
「手元が狂ったんや!」
身を翻し、颯爽とリングを立ち去るジョーカー。
帝釈廻天を片手に振りつつ、そんな言葉を言い返した。
「しかし、これは困りましたね。」
雷覇がポツリと呟いた。
「肝心の烈火がまだ戻って来てないものね。」
音遠もリングを見据え、言葉を零した。
会場もザワめき落ち着かない様子の中……
「―話があるんだ。紅麗……っ。」
リングの残っていた小金井が、真っ直ぐに紅麗を見上げていた。
すると紅麗が、無言でリングに降り立った。
「紅麗様……」
「紅麗……すごいでしょ。ここまで来れたよ。
オレ…ガキだからわかんないんだ。紅麗の本当のキモチ……」
は人知れず息を飲んだ。
紅麗のキモチがわからないのは、も同じであったから。
ただ、真っ直ぐに問い質す勇気などなくて、
近くにいるにも関わらずただ見つめることしか出来なかった。
「もう、教えてくれてもいいよね?」
―言葉が、重い。
「―全部…ウソだよね?本当の紅麗は優しいんだ!!オレ知ってるもん!!
今はそれを隠してるだけだよ!! ――覚えてるかい?」
そう言って、小金井は手首にしてあったバンダナを外した。
現れたのは、大きな、深い切り傷。
「孤児だったオレが、孤児院から逃げた時――
生まれて初めて……一本だけ盗みをしたんだ。」
―その手は、その目は、これまで出会った誰よりも、怖くなかった。
「答えてよ!!ウソだって言ってくれよ!!オレは信じないぞっ、今の紅麗はウソツキだ!!」
小金井の双眸からは涙が溢れ返っていた。
けれど……
「小金井……」
紅麗は、それを裏切るかのように、躊躇なく殴り飛ばした。
唖然とする人々を余所に、横たわる小金井をさらに蹴り付けた。
「何かと思えば…それが“話”か?――くだらん。」
音を立てて、心臓が凍り付いた気がした。
「お涙頂戴の甘っちょろいヒューマニズム…だから貴様は子供だと言ったのだ。」
「小金井離せよ、馬鹿仮面!殺すぞ!!」
「フン、断ると言ったら?」
「無理にでも、離れていただきます!」
風子、水鏡、土門、最澄といった面々がリングへと飛び下り、紅麗の前に立ちはだかった。
「……?」
「ごめんなさい、ちょっと……」
どこかぎこちない様子のは、呼び止める音遠を振り切って通路へと駆け出した。
―どうすればいい?
壁へ手をつき俯くと、ポツリと零した。
「……つらいよ。」
土門の強さも、水鏡の怨恨も、風子の正義も……
揺らいぐ自分に歯止めがきかなくなっていく。
―苦しい
紅麗を敬愛しているからこそ自分が許せない。
そこへさらに、小金井の存在。
彼の、紅麗へ寄せる真っ直ぐな気持ちは、に追い討ちをかけた。
―小金井との思いは似ていたから。
似ているからこそ気持ちが同調する。
黙って見ていることができなかった。
もあの場に駆け出して、問い質してしまいたくなってしまう。
―紅麗様……私は……
その存在が果てしなく遠い。
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