ACT40:君に贈る言葉を
「ウザいわぁ……」
ざわめく会場で、ポツリとそう呟いた人物がいた。
その人物は何を思ったか、足を前へと踏み出すと、リングへと降り立った。
「いい加減にしてくれんかぁ?聞いてるコッチが苛々してくるわ」
未だ立ち上がることの出来ない命を冷めた目で見下ろすのは、次の試合に出る予定の……
「ジョーカー!何が言いたいのよっ!?」
この決勝戦で、はじめて試合のリングに立った麗十神衆が一人『ジョーカー』だった。
「命はん、この試合アンタの負けや。大人しゅうさっさと下がっときぃ」
「はぁっ!?なんでこの私がアンタなんかに指図されなきゃいけないわけ?」
ギロリと命が睨み付けたが、ジョーカーは全く堪えた様子もない。
「ワイ、物分かりの悪い女は嫌いなんですわ。」
「なっ、一体何を……」
チラリと火影側を見上げたかと思うと、ニッと口端を持ち上げて笑った。
「邪魔者は掃除せんとあきませんやろ?」
「ひィ…っ!」
ジョーカーの武器である三つ叉の矛で命を引っ掛けると、
そのまま片手で軽々と持ち上げて見せた。
「いやあああぁぁあっ」
命の悲鳴が響き渡るがそれよりも、決して軽くはないだろう武器と人一人を、
片手で持ち上げている異様な光景に圧倒された。
「やっ…やめてえジョーカー!!降ろしてよ、バカ!!」
「プレゼント。フォーユゥー!」
「きゃあぁぁああぁ」
命の懇願など意にも介さず、ジョーカーは思いっきり観客席へと投げ付けた。
―ドゴォォオンッ!!という鈍く大きな音が数拍も置かず会場に響いた。
「はー、これでスッキリや!」
清々したとばかりににこやかに笑うジョーカー。
―底知れない……そんな印象を周囲に抱かせた。
そんな中、ジョーカーの起こした一連の行動を見届け、がリングへ視線を戻すと、
ジッとこちらを見てくる視線があった。
それに応えるように、もゆっくりとそちらを見返した。
「何でしょうか?」
―「言いたいことがたくさんある」と彼女は、風子は確かに言っていた。
もちろん、もそれを忘れてはいなかった。
「……。アンタにこれを返すよ。偶然らしいけど助かった。ありがとな」
グイッと突き出された腕をは静かに見た。
「願子との約束で預かったんだけどさ……あん時、返しそびれてたから。」
願子の名前を聞き、は静かにリングへと跳んだ。
そして無言でそれを受け取ると、その手にある微かな重みから、
己の手に簪が戻ってきたことを実感する。
すぐにまた、観客席へと戻ろうとするが、ふと何かを思い出したように足を踏み止どめた。
「これを……」
は形儡を取り出し、風子へと差し出した。
「あーっ、そうそう。形儡は返さなくていいとさ。
今の願子には『必要ないものだから』っ伝言付きでね。アイツ、今うちで見てるんだよ。
まぁ俗に言う『新しい家族』って言うやつになったんだ。」
照れ臭そうに言う風子の表情は、一点の曇りもなく眩しいものだった。
わずかに目を風子へと向けたは、そっと口を開いた。
「そうですか……良ければ願子ちゃんには、ありがとう。と伝えてください。」
「了解。んで、ちなみにアタシの用件はとりあえずコレだけな。
あとはやっぱり『火影』が勝ってから言う事にしたから。」
ニカッと笑う風子の顔は、どこか晴々としたものだった。
試合前のピリピリとした雰囲気がまるで嘘だったかのように。
「そうですか……では、私から一つ。
この簪についてですが、これは魔導具ではありません。
少し違う変わった力がありまして、基本的に私以外の所有者がそれを自分の意思で
発動させることは、絶対に出来ない物なんです……あるとすれば……」
そこまで言っては一瞬息を吐き出し、首をわずかに横に振った。
「……?」
「風子、あなたは本当に運がいいわ。」
「えっ?ちょっ…!?」
風子の耳にだけ聞こえたソレ。
制止の声など構わず、は身を翻して観客席へと戻っていった。
「風子……あなたもまた、優し過ぎるわ。」
眩しく輝く照明から目を背けたまま、は呟く。
―これは命の駆け引き。
その甘さはいつか身を滅ぼすことになるだろう。
―『私のように……』
火影というチームは、どこか他人を惹きつけてやまない魅力があった。
風子や水鏡はその性格や容姿からファンが付いているが……そういうところに限定せず、
大将である烈火を始めとして、その戦いぶりを見ているとつい応援したくなってしまうのだ。
―浮き足立つ観客たち。
そこへ紅麗が口を開いた。
「次期に死地へと旅立つ君たちだ。餞として1勝くらいくれてやろう、マヌケめ……」
―紅麗さま……
「状況がわかっていないのか?数字の上で一対二ということは依然として変わらぬ!
次に負ける時、私がでるまでもなく、火影は死ぬのだ!!」
完全に言い切った紅麗だがしかし、それに直ぐさま反発して声を上げた人物がいた。
「―『次負けたら』だって?
あんま軽はずみに言ってほしくないなあ、紅麗。なめんなよ!」
元・麗予備軍所属、現在は火影の一員として真っ向から紅麗に立ち向かうことを決めた少年。
小金井薫その人だった。
その小金井が鋼金暗器を使い、器用にリングへと飛び下りた。
「あんたに、本当の心の内を聞くんだ!紅麗!!」
―決意は固かった。
まだ小さなその肩にどれだけ重いものを背負っているのか、予想もつかない。
副将戦の両選手が、リングへ降り立った。
審判も入れ替わり、今また試合が始まろうとしていた。
「そんじゃあ始めんぞ、てめえら!静かにしろよ!!
じゃ……副将戦っ、ジョーカーVS小金井…!始め!!!」
試合開始と共に、激しい斬り合いが展開された。
その最中、小金井が隙を突いてジョーカーを弾き飛ばす。
「わっとっとォ!」
しかしジョーカーは無傷。
体勢は崩れたが、うまく防いで後退したようだ。
そこへ今度は鋼金暗器・弐之型『龍』つまり鎖鎌でジョーカーを狙う。
「ひょえーっ!!さ、さすが!!動きが速くてなかなか追いつけへん!!」
「泣いても許さないもんね。覚悟しなよ、ジョーカー!」
大きくリアクションをとってみせるジョーカーだが、
言葉とは裏腹に、その表情はとても嬉しそうだ。
そしてひと差し目を交え、圧倒して見せた小金井も強気に出る。
「……そーいや、あいつ何者なのよ!?
十神衆に謎が多いったって、あいつのことは何も知らないよ!」
試合を見守りつつ、今気づいたと言わんばかりに音遠が雷覇に絡んだ。
「ふふふっ、私も実は初めて見ました。」
「あら、めずらしい。雷覇でも知らない奴はいたんだねぇ…」
十神衆の中でも古株な雷覇。
その彼が知らないということに、音遠は素直に驚いた。
「……たとえば、トランプにおいて“ジョーカー”は切り札。
彼が、その名を示すとおりの男だとしたら……
ジョーカーは紅麗様か特別に招き入れた切り札。」
どの十神衆とも違うイレギュラーな存在とでも言うのだろうか。
ともかく話した回数がそう多くないとも、癖が強いことだけは印象強い。
―トランプで言う『ジョーカー』か……見た限りでは、
兄さんとはまた違った脱力系人種だよね。飄々としてて、浮世離れしてると言うか……
は人知れずこっそりと、実の兄に対してそんな失礼なことを考えていた。
しかし結局、ジョーカーという人物に関しては分からずじまい。
この試合を見て、判断するしかないようだ。
「フッフ〜ン♪ほな、そろそろいきまっせぇ。戦闘レベルUPや!!」
リングの上でそう不敵に笑うジョーカーの言葉の意味。
現時点において、それを知る者は本人と紅麗その人以外、誰も知り得ない。
―火影の王手を賭けた試合は、まだ始まったばかり……。
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