ACT39:ツケの精算
「ぐっ、がぁっ……!この私が、負け?ふざけんじゃ、ないわよっ!このブス共!」
リングに両手をついて、立ち上がろうとした体勢の命が怒鳴り声を上げた。
「ほんっとシブトイったらありゃしないねぇ……」
風子が呆れたように溜め息をついた。
気絶していたのも束の間、もう早、意識が戻るとは……
「そこのションベン娘には不正の可能性があるわ……!!
そんな奴を勝たせていいのかしらァ!?」
「はぁっ?」
思いもよらぬ命の発言に風子は思わず顔を歪めた。
「不正って、言い掛かりも大概にしなよ。」
「フン!アンタに結界能力があるなんて、聞いたことがないわ!!
第一、明らかに不意打ちの攻撃だったものを、その能力があったとして、
発動する余裕なんてなかったじゃないのさ!!
―つまり、第三者の介入を疑うのは当然じゃなァァいぃ!?」
狂ったように声を張り上げる命。
「確かに、風子に結界能力があったなんて聞いたことないが……」
火影側では水鏡が怪訝そうな顔ながら、一理あると呟いた。
「そうね。しかも先程の攻撃は、命自身が言う通り
明らかに風子の不意を突いていた……」
「あれは完璧ヤバかったね……」
陽炎と小金井もそれに同意する。
「おいおい、ま、待てよ!原因はよくわかんねぇけど、風子は助かったわけだし!
風子の日頃の行いが良くてよ、身の危険に眠ってた潜在能力が
引き出された可能性だってあるじゃねぇか!?」
「……はぁ」
ひたすら風子にとって良い方向に考えようとする土門に
―お気楽単純ででいいなお前は……と水鏡が半ば呆れて溜め息を吐いた。
「もし、第三者の介入があった場合……判定は荒れるな。」
不穏な空気を漂わせるリングを水鏡は静かに見据えた。
「混乱してるわね。」
「申告、した方が良いのかな?」
「どうでしょうね……」
段々と事態の収拾のつかなくなってきている現状。
三人にもまた動くべきか判断し兼ねていた。すると……
「―いいえ、勝敗は変わりません!」
解説席の子美が声を上げ、判定の異議に却下を言い渡した。
「この判定は、第三者介入疑惑よりも前に、すでに決着がついているものとします!」
「っ!?っどういうことだい!?」
食いついてくる命だが、事実、実際のところ。
正式に風子の勝利が告げられたのはだいぶ後のことだ。
―子美は一体何を決定打にああ言い、判断を下したのか?
説明なくして納得できることではないだろう。
「再三警告したにも関わらず、再び審判に危害を加えたこと、
並びに審判の公正でならなければならない職務の侮辱・妨害行為により、
命選手を失格とします!
以上のことから、風子選手の勝利に変更はありません!」
―ザワリ……!!
「っ失格!?ふざけんじゃないわよ!!」
思いも寄らぬ判定内容に観客達も驚きざわめいた。
「うわぁ、やるね。解説のお姉さん…」
が驚いた、と目を瞬かせた。
「確かにあの毒針は『危害を加えた』うちに入るわねぇ…」
「もしあそこで風子さんが命に倒されていれば、
また判定は違ったのかもしれませんが、ね?」
どちらにしろ、これで風子の勝ちは不動のものとなった。
―変わるとすれば……
「―さてと。これで体面としての決着は着きましたね。
しかしそれでも納得いかない方もいるみたいなので、
そろそろお話した方がいいかもしれません。」
頑張った審判の後押しをするつもりらしい、雷覇が重い腰を上げた。
「兄さん……?」
「行きましょう、。善は急げです。」
―グイッとの腕を掴んで雷覇は歩き出す。
「ちょっ、雷覇!?!」
そんな、を嬉しそうに引っ張って行く雷覇を音遠も慌てて追いかけた。
「結界について少しよろしいですか?」
雷覇がの手を引いたまま解説席の方へと歩み出た。
「音遠お姉様!!」
それにいち早く、亜希が反応を示した。
「―えっ?あ、はい!どうぞ!」
思わぬ人物たちの登場に驚く子美だったが、言われた言葉の意味を理解すると
慌てて雷覇にマイクを手渡した。
「……えー、どうもです。
結界について、私、雷覇から少々説明させていただきたいと思います。
さて、まずは風子さん。あなたは今、簪を持っていませんか?」
「え、雷覇くん?持ってるけど……」
突然話を振られた風子は、驚いてわずかに目を見開くが、急々とそれを取り出した。
雷覇の神出鬼没振りには毎回驚かされている風子だが、
回数を重ねて、多少なり免疫が出来てしまっているようだ。
「これが何だっていうの?」
「はい、結界の正体はそれです。」
「はぁっ!?」
あまりにも短い前フリと速攻のカミングアウト。
そして明らかに戦闘とは無関係に見える代物の簪。
まさかそれが結界の核だとは、風子自身、思ってもみなかったようで、
叫ぶのも当然と言えた。
簪の存在を知ったばかりの観客も、その急な展開に唖然とするしかない。
「え、えっと、雷覇さん!一体どういうことなんでしょうか!?」
解説の子美が動揺のままに問う。
「その簪は変わった代物でして、持ち主が危ない時に結界で助けてくれるモノなんです。
一種のお守りみたいなモノですね。
ただ発動には個人差がありまして、今回発動したのは偶然中の偶然。
―ズバリ『運』です!
ということで、風子さんは素晴らしい強運の持ち主ですねぇ」
「……マジ?」
「うそぉ……」
「そんなオチなのか……?」
―ポカーンという効果音が聞こえてきそうなほど、風子も観客も間抜けな顔をしていた。
―兄さん……。
そんな中、真実を知る者の一人であるは雷覇を横目で見た。
一概にも嘘とは言えないが、真実というには言葉が足りなさ過ぎる。
雷覇があえて、意図的にそう言っているのはわかっていたが、
観客たちの気持ちが痛いほどわかった。
―もう少し言い方があるだろう。
そう思ってしまうのも当然ではないだろうか。
ともかく、命の戯言を早々に終わらせるのが先決だ。
雷覇を注意するのはそれからでいい、とも口を開いた。
「その簪の本来の持ち主は私です。決して、嘘ではありません。」
「……」
風子がを振り返った。
「命……あなたのことは正直とても嫌いです。
けれど、勝ちに拘る執念深さだけは見直しました。
ただ今回ばかりは運が無かったですね?……残念です。」
は雷覇の隣りで綺麗にほほ笑んだ。
「認めないっ……!!認めないわ!!
私がそのブス猿に危害を加えたなんて、どこに証拠があるっていうの!?
言ってみなさいよ!!えェ!?」
言い募る命だが、例えそれが間違いであったとしても、結界の憂いが晴れた今、
風子の勝ちは確定した。
命が勝者になる可能性は最早ない。
「哀れな……」
そう呟いたのは誰だったか。
その気持ちが伝染していったように会場は、落ち着きを取り戻していった。
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