ACT38:運にかけるモノ
「さああ!決めるよ!!死になァ!!ドブスの風子ちゃんっ!」
トドメを刺そうと命が襲いかかる。
それを防ごうとしたのか、震える腕を風子は渾身の力で持ち上げた。
「あれは……」
拳が当たると思われた本当に寸前、その軌道が明らかにズレた。
「ぎゃああぁあぁあっ『毒魔針』!!」
命の叫び声が会場に響き渡る。
観客は皆目を凝らし、命の前に突き出された風子の手に注目した。
―指先に煌めくのは、間違いなく命の魔導具『毒魔針』
「私の体にィ…毒がァァ!!ひぃぃぃ死ぬのはイヤ!」
死への恐怖が命を混乱へと導いた。
即座に胸元から取り出されたソレはまさしく……
「解毒丸っ…これさえ体内に入れれば……!」
一瞬の出来事だった。
「――疾き事風の如し!風子ちゃん復っっかぁああつ!!」
毒が回り、動くこともままならないと思われていた風子。
しかし、見事に命の手から素早くそれを奪い取ってみせた。
「風子……」
は静かに息を飲んだ。
「風子さんはこの一瞬のために最後の力を残していた。
命が解毒の魔導具を持っている確信を持って!」
「つまり。ヘタをすれば我が身も危険を伴うあの魔導具を
あの悪賢い女が保険もなしに使うはずがない、ってことね。」
雷覇と音遠も真剣な表情でリングを見据えていた。
―自分の死を突き付けられた状況で、冷静に相手の性格を分析し、
本当にわずかな生きるための可能性を見出だした風子。
負けず嫌いの一言では説明のつかないそれは、歴戦の兵といえど目を見張るものがあった。
「魅虚斗!!殴り殺せ!!私に恥をかかせた罪は重いよ!!」
「うるっっせぇんだよクソババァーっ!!」
三つめの風神の小玉を風子は使う。
―『枝技「風魂」!!』
魅虚斗の高い防御力を誇る扇と風神が激しく衝突する。
「―相殺!?」
風神が消えると共に魅虚斗の扇も砕け散った。
まさかの出来事に驚愕に目を見開く命。
それを尻目に、間を置かず風子は四つめ……最後の小玉を取り出す。
「心配すんなっ。すぐに本体見つけたげるよ!風神ちゃん!」
―『枝技「疾」』
防御する術を失った魅虚斗に、風神の攻撃が直撃した。
「みっ…魅虚斗ォー!」
粉々に、大破した魅虚斗に駆け寄ろうとしたが、その隙をついて風子が回り込み、
顔面に膝蹴りを入れた。
「ギっ……!!」
そのまま倒れ崩れそうになる命の腰を、すかさず風子がガシリと掴む。
「せ・え・のぉーーっ…」
体の反動を利用し、足で蹴り上げ命を持ち上げたかと思うと、
勢いよく、一気にリングの床へと叩き付けた。
「大技出したぜーーーっ!!」
「風子のっ…勝ちィーっ!!」
大きな歓声が観客席から上がった。
ピクリとも動かない命。
それが風子の勝利を告げていた。
「風子が、勝った……?」
リングを見つめたまま、はどこか信じられないという表情で、呟くように言った。
「まさか、投げ飛ばすとは……凄いですねぇ風子さん。」
「アンタが驚くのはそこかい、雷覇。」
真面目な顔で言う雷覇に、鋭い音遠の突っ込みが入った。
「私も投げ飛ばすことは流石にできないなぁ……」
思わず笑ってしまったの表情は、先ほどよりも柔らかかった。
これでまた、ほんの少しだけ猶予ができたことに安堵する気持ちが少なからずあったのだ。
―柳ちゃんはまだ、不幸にならずに済む……彼も、火影のメンバーも……
胸の痛みが少しだけ和らいだような気がした。
「対戦時間24分12秒!!勝者っ……」
「……どうしたの?猿奈ちゃん。」
風子が審判に振り向こうとしたその時――
「―…風子っ!!」
は咄嗟に叫んだ。
―バチィィッ!!
「ギャァァァッ!!」
会場に叫び声が響いた。
「―命っっっ!!?」
完全に風子の不意を突いたと思われた攻撃。
しかしそれは何らかの力によって弾き飛ばされた。
「なっ、何だぁ!?いったい……?」
状況が分からず、風子は呆然とした表情で辺りを見回すが、
リングの上にはのどを押さえ声が出すことができない審判と、
地面に這いつくばり、唸り声を上げる命以外の他には誰もいない。
「っぐぅ…!このぉぉぉっ!!」
ともかく、命が審判の猿奈に何かしたのだろう。
風子の中で、それだけは間違いないと判断が下された。
ついでに、風子自身にも何かを仕掛けようとしたこと。
その二つは明らかに計ったかのようなタイミングだった。
「何だかよくわかんないケド、アンタがしぶといオバサンだってことは、よーくわかったよっ!!」
風子は再度命に向き直り、怒りを露にした。
「―あれは、の……」
音遠は目を見開いて、を振り返った。
「何故、あれを風子さんが?」
雷覇までもが驚いたようにを振り返った。
「……運も実力のうち、みたいだね。」
そう言う自身は、どこか複雑そうな顔をしていた。
―『アレ』は昔、魔導具を守るために使用したものと同じモノ。
良くも悪くも因縁のある結界能力を持つあの『簪』だ。
「どういう経緯で風子が持っているのかまでは、私にもちょっと……」
「どういうことよ?」
音遠が問い詰めるようにに詰め寄る。
「アレは風子じゃなくて、別の人に貸したの。」
しかし間違いなくあの力はアレによるものだ。何故なら……
「あれは魔導具じゃないから」
だから力が使われれば、にはそれがわかる。
「え……?」
「ほら、音遠の昇進祝いというか十神衆に入った時にあげた石、あの結界石の本体があれだよ。」
「そうなの?」
「実を言うとあの簪についてた石を他の石に溶け込ませたものが、音遠にあげたものなの。
結界の強さはほんの少しだけ落ちちゃってるんだけどね。」
は申し訳なさそうに少しだけ笑った。
「さっきも言ったんだけど、結界を使うにはそれ相応の力が必要になるわ。
だから最初……願子ちゃんに渡した時、私はあらかじめある程度の力を込めておいたの。」
「ちょっとまって!じゃぁなんで今まで発動しなかったのよ?」
音遠がどこか慌てたように声を上げた。
「それは、発動のキーワードが『私の声』だったから。
願子ちゃんは、私が形グツを貸してもらったせいで、無防備な状態になってしまったから、
だから護身用に渡していたのよ。」
「つまりそれが一体どういう経緯を辿ったのか、風子さんの手に渡った。ということですか?」
雷覇の言葉に、はコクリと頷く。
「そうだね……でも『持ち主』は間違いなく私だよ。
兄さんに言われた通り、『譲渡』はしてないから心配しないで?」
「そうですか……それなら、いいんです。」
安心したのか、雷覇の声色が少し柔らかくなった。
「―で?、私にはさっぱりなんだけど……」
反対隣りでは、音遠がジト目でこちらを見ていた。
「さっきも言った通り、あれは魔導具じゃないの。
持ち主以外の対象に、持ち主の意思とは関係無く、
『簪を持っている人』に結界を張ることはとても難しいことなの。
しかも、私は風子がアレを持っているなんて知らなかったわけだし……
だからさっきのは、私の声に反応した暴発に近いんだと思うんだけど……」
「暴発って、ちょっと……!」
一歩間違えば危険だろう。そんな言葉が飛び出してきたことに、
どこか唖然とした様子の音遠。
しかしは特に気に止めることもなく、続けて口を開いた。
「ところで……さっきから気になってたんだけど、
これって試合の妨害行為になったりするのかな?」
「……不可抗力ですからねぇ。」
言った言葉とは裏腹に、の表情はあまり困っているようには見えない。
どちらかというと、雷覇の方がどこか少しだけ困ったように笑っていた。
一方……
―バキィィッッ!!!という盛大な音と共に、再び命がリングに転がった。
「今度こそ、アタシの勝ちだ!!」
風子が高らかに宣言し、いまだ様子のおかしい審判の元へと駆け寄っていく。
「猿奈ちゃん、声が出ないのか?」
ただコクコクと頷く審判が、その異変を如実に伝えていた。
すると、他の十二支達も心配そうな顔でその場に駆け寄ってきた。
「猿奈、大丈夫!?」
「これじゃぁ、コールもできないな……」
「では私が代わりにします。――勝者、火影・風子!」
解説席の子美が審判に代わり、風子の勝利を宣言した。
それと同時に、盛大な歓声がこの会場を揺らす。
―これでようやく火影が1勝をもぎ取った……
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