ACT36:男前GIRL
―風子の猛攻が始まった。
右腕の風神に風の爪を装備すると、命の左斜め頭上に向かって一気に跳んだ。
しかし一気に間合いを詰められた命も、巨大な扇で応戦する。
「風子さんの戦法はその多彩な攻撃方法とスピードにあります。
彼女独特の奇抜な戦略には目を見張るものがありますが、
どちらかというと接近戦を好む傾向があるようですね。」
「命の得物はあの巨大な扇。その頑丈さから突出した防御力があると思われるわ。
あの扇は、攻撃の仕方によっては中近距離からの攻撃が可能、かな?
あとあの体躯のせいか1対1での戦闘だと身のこなしが気になる所。
大会レベルからいくと十分速い方けど、風子には少々劣る動きね。」
―つまり、接近戦となると、まず風子に分があると見えた。
雷覇とが試合内容を分析していくが、その情報も命に関してだけは
「あくまでこの試合だけを見た場合……」という一言が必要である。
戦場においては、いかに相手を素早く分析できるかも一つの鍵となる。
それは相手の力量をいかに素早くはかれるか、ということにも当然繋がってくるのだ。
しかしそうは言っても、すぐに身につくものでもないため、こうした積み重ねを必要とする。
こと雷覇に関してはそれもする必要はなさそうだが……
何にせよ、観客席から試合観戦をする彼らには、それくらいしかすることがない。
同じ十神衆とはいえど、とことん命を嫌っている音遠は、
その戦闘スタイルさえも知らないのが現状だ。
同じくも彼女のことはあまり好いていないが、だからこそ足下を掬われることを懸念して、
戦闘スタイルや試合戦績などを徹底的に調べ上げていた。
ちなみに慎重派というよりは、単に負けず嫌いが祟ってだということを補足しておこう。
3人がマイペースかつ悠長に話している間に、風子が痛烈な一撃を命に入れた。
モロに入った裏拳の衝撃で、能面の一部が砕け落ちる。
―まだだ……
普通ならばダウンしてもおかしくは無い一撃だが、それは『命』には通じない。
なぜなら……
割れた能面の隙間から覗くのは、人の顔ではなく機械。
さらにその『機械の命』から女が一人出てきたではないか。
一連の光景を眺めながら、は険しい表情で呟くように言った。
「……出てきた。」
「出てきちゃいましたねぇ。」
「ちょっと。アンタたち二人で納得してないで少しは説明しなさいよ。」
一人、その展開についていけなかった音遠が二人に毒吐く。
命が機械であったことにも驚きだが、中から人が出て来たことはさらに衝撃的だった。
「うふふふ。はじめまして……私達が『命』よ。」
ゆったりとした動作で風子を見据える女。
それを見ていたの目がわずかに細められた。
「何よあれ?ああいう奴だったの?」
「音遠……」
その一言で、彼女がどれほど命に無関心だったかよくわかる。
雷覇も少しだけ苦笑すると、正面をに視線を向けたまま、真面目に説明を始めた。
「知らないのも無理は無いですね。あの姿を知る者は、紅麗様とごく少数のみ。
実に久しぶりですよ、命を見るのは…そしてあの姿を見せた時……その相手は必ず死んだ。」
事実を述べているだけのはずなのに、どこか愁いを帯びた表情の雷覇。
努めて客観的な態度で話しているが、風子を気にしているのはよくわかる。
「兄さん……」
「ちなみにが知っていたのは、アレが命の手に渡るより前に、
少しだけ使っていた時期があったんですよねぇ」
「はぁっ?一体いつの話よそれ?」
―明らかに話題を替えた。
音遠は気付いていないようだが、その意図を察したは―仕方ないね、と内心苦笑する。
「まだ音遠がメイドをやっていた頃くらい、でしたね……確か」
「とにかく結構昔のことだよ。
訓練の一貫で、自分に合う魔導具を探すついでに複数使いこなせるようにしてたの。
アレに乗って形儡使ったり、とか……」
「ハードねぇ」
音遠はどこかうんざりとした表情をした。
「結局、相性は合わなかったんだけどね。」
―正直、こんな熱気で暑い中あの中に入ってるなんて私は嫌だし……
とは人知れずぼやいた。
「ちょっと待ちやがれ!!私達だとォ!?ルール違反じゃねェのかよ!!」
『私達』という言葉に土門がいち早く反応を示した。
「土門のいうとおりだ、審判!!」
「2対1なんて汚えぞ!!」
続いて観客からも怒号が上がる。
「―実際、どうなのよ?」
半ば音遠の解説係と化している雷覇に視線を向けた。
「私からは何とも……」
さすがの雷覇も昔から裏武闘殺陣に出場してはいえ、ルールを司る審判であった試しはない。
しかもその年によって多少ルールが変動してくるので、
過去の例を取り上げて判断しても良いかどうか怪しい所だ。
―ただ結論だけを言うならば、紅麗がそんな単純なミスをするとは、
とてもじゃないが思えない。
それが雷覇の導き出した答えだった。
「た…確かに、ルールにより命選手は失格……」
観客の雰囲気に呑まれそう言いかけた審判。
それを遮るように命が平手打ちをした。
「あうっ!」
「軽はずみな言動は慎んでほしいわねぇ、ブス猿!いつ私がルール違反をしたのかしら?」
暴言を吐きながら、その手で弾き飛ばした審判を見下した。
「こいつは私の分身でもある魔導具『魅虚斗』!
人の姿を形どった、意志を持つ魔導具なのよ。おわかり?」
さらに倒れている審判の頭を何度も踏み付ける命に、観客が殺気立った。
「やめなさい命!!それ以上審判に危害を加えた場合は、本当に失格にします!!」
解説席からの警告を嘲笑うかのように命は泣き真似をもして見せた。
「……確かにあれは魔導具だから、ルール違反ではない、と思うけどね……」
「あそこまでする必要は全くないわ。」
「……そうですねぇ」
観客席から剣呑な雰囲気を漂わせる二人と、それにどこか困ったような顔をした雷覇。
「だったらこのウソツキひっこめなさいよ。
私の自尊心はいたく傷つけられたのよね……理不尽……」
そこへ沈黙を保っていた風子が思いっきり、その拳を振った。
「―いい加減にしろ、クソ馬鹿。
言っとくけど、風子ちゃんはよそ見して勝てる相手じゃねーぞ、固羅。」
―正義感の強さ
他人のために怒りを露にする風子の姿は、この場にはいない烈火を彷彿とさせた。
「猿奈ちゃんっていったっけ?ほら、ハンカチ。
ちょーっと暴れるから、離れて審判してて。今度はとばっちり食わないようにね!」
『風子カッコイイーーー!!』
観客から上がる歓声。
本当にその一連の行動は、女にしとくのは勿体ないほどの男前っぷりだ。
先程の清々しいまでの勝利宣言もさることながら。
陰っていたの表情も自然と柔らかくなる。
「キャー!風子さーん!!」
「お願いだから、兄さんは少し黙ってて……」
……気のせいかもしれないが。
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