ACT35:強き言霊







 試合が終わり、は腕の治療をすべく引っ張られるように医務室へと連れて行かれた。



音遠の小言をBGMにおとなしく治療された後、試合を終えたということもあり、

3人は観客席の方へと来ていた。

正直、にはそれがとても助かっていた。

これ以上、紅麗を側で見ていられなかったから……。



火影が絡むと紅麗は人が変ったように、その目を狂気の色に染めた。

磁生を炎にし、戒に別れの言葉を送り、が忠誠を誓った紅麗も同じ紅麗であるはずなのに。



―後悔はしていない。

けれど自分がいかに未熟であるか、それを目の前に突き付けられたような気がした。

かなしさ、もどかしさ、やりきれなさ、答えは見つけられずにいる。

―見つけられるのだろうか……?

はそっと目を伏せた。

























―第三試合



中央のリングへ先に降り立ったのは火影の風子だった。

すると観客席側から、待ってましたと言わんばかりの盛大な声援『風子』コールが沸き起こった。

もちろん雷覇のときの黄色い声援とは対照的に、野太く低い声ばかり。

筋肉隆々の汗臭い男たちが多いこともあり、ある意味異様な光景だ。

作りの細かい気合いの入った段幕まで数多く張り出されており、

その人気ぶりは端から見ていても凄まじい。

しばし思考に耽っていたも、突然かつ大きな声援に驚きピクリと肩を震わせたのだった。



「見よ。命……今、風は火影に向いている。

 一時とはいえ、奴らは麗の恐ろしさを忘れ、浮かれている。」



事実上、すでに二敗を期してしまった火影には後がない。



―それでも……

期待させる何かが彼らにはあった。

今までの二試合を振り返ってみても、アッと驚かせられる場面が何回もあった。

負けは負けでしかないが、今まで圧倒的な強さと無敗を守ってきた麗(紅)が接戦の末の辛勝。

それは麗の中でも戦々恐々と恐れられてきた麗(紅)のイメージを

揺らがせてしまうだけのインパクトは確かにあった。

この試合ですべてが決まってしまうかもしれない。

それにも関わらず、火影の面々の瞳が曇ることがない。

―烈火の不在という不安材料もあるというのに。



……紅麗にはそんな彼らの態度がお気に召さなかったのだろう。

仮面越しにも感じ取れるほど、機嫌は最悪に良くなかった。



「実に不快だね。あの声を絶望へと変えよ……!!」



紅麗がそう告げると、命が静かにリングへと降り立った。

―命の、麗(紅)においてのポジションはリーダー補佐、及び作戦参謀。



「心得ました。紅麗様――」



緩慢な動作で命は火影側を見た。

その能面により表情はうかがえないが、それが一層不気味さを漂わせ、

底知れない雰囲気をチラつかせる。

紅麗の命令を了承し、風子の前に立ちはだかった。









一方、そんな緊張感漂う空気の中。



「風子さーん!!」

「…………」



すぐ側で呑気に、というか寧ろ大変嬉しそうに叫んでいる存在、の兄こと雷覇。

あまりの緊張感の無さに、は思わず溜息が漏れた。



「兄さん……」

「あんたねぇ……」



実兄とはいえ、思わず白い目で見てしまう。

麗に所属しているにも関わらず、周囲もそっちのけで歓声を上げる雷覇。

その上、今現在、観戦するにあたって身を置いている場所は、麗(紅)陣営よりの場所だ。

恐らく紅麗の耳に届いているだろう。

そのことがわかっているのかいないのか。

堂々と歓声を上げている彼は、誰から見ても怖いモノ知らずにしか見えない。

自分の身に置き換えて考えるまでもなく生命の危機だ。

チャレンジャーどころではない、ただの自殺志願者だ。



―雷覇が十神衆最強と実しやかに噂される要因は、このような所にあるのではないだろうか。

そんな気がしないでもないな、とある者はぼやく。

彼をよく知ると音遠は、ただその光景否、人物に呆れるしかないのだが。

何故ならそんなこと考えるだけ無駄であるとわかっているから。



―本当に掴み所がないのだ。

正直、一緒にいるのも恥ずかしいのだが、すでには血縁関係が大々的にバレているので、

他人のふりもできない。

とりあえず周りの視線も痛いので、最低限邪魔にならないよう、

今にもリングへ飛び出して行きそうな雷覇のたずな(後ろ髪)だけは、しっかりと握っておいた。




















「―潰すぜ。おまえと戦える事に感謝するよ!」



リングの上では、風子が高らかに宣言した。

不敵に笑うその顔は自信に満ち溢れている。



―これだけの観客を味方に付けただけのことはあった。

それに足りうる強さと心意気を風子は確かに持っていた。

今まで潜り抜けて来た試合数々が、彼女の背後にある。

もちろん油断のできる相手ではないが、純然たる決意と覚悟を決めた者は強い。



「……っと、その前に。」



そう気合いを入れた直後のこと。

試合が始まる前に何か用を思い出したのか、風子が力強くある一角を仰ぎ見た。



「――!」



見据える先はただ一人。

この時ばかりは命さえも眼中に入れずに、真っ直ぐとだけを見ていた。



「わたしゃ、アンタにどうしても言いたいことがある!」

「…………」



突然振られたことには内心驚くが、表情には決して出さない。

ただ、目線だけは逸らすことが出来なかった。



「本当は、今直ぐにでも言いたい所なんだけどあえて後からにするよ!

 何てったってこっちは今崖っぷちで説得力がなさ過ぎるだろう?

 口先だけってんじゃちょーっと情けなさ過ぎるからねぇ。

 『有言実行!』

 まずはこのいけ好かない能面女を倒してから、それからだ!

 それから色々とぶちまけてやるから、覚悟しときなよ?」



例え今が何を言ったとしても、彼女はきっと聞く耳を持たないだろう。

―風子の中ではすでに決定事項のようだから。



「―逃げんなよ、!!」



そんな風子に対しは思いがけず言葉に詰まった。


「フフフ、一本取られましたね、?」


いつの間にか隣りでどこか楽し気に笑っている雷覇が、少しだけ憎たらしい。



「……兄さんは黙ってて。」



そう言っては黙り込んだ。

八つ当たりなのはわかっている。

わかっているのだけれど、腹立たしいのだ。



―どうも雷覇の前だと、感情の抑制がうまくいかない。

兄離れしたはずなのに、とは溜息が漏れた。














「決勝中堅戦!命VS風子!!始め!!」



―そして試合が始まった。



「うあぁあっしゃぁあああ!!」



先手必勝と言わんばかりに、風子が右腕を大きく横に振り後方へ跳んだ。



「鎌鼬っ!!」



轟音をたて、それは命を急襲し直撃したかと思われた。

しかし……



「…今…なにかしましたか?」



巨大な扇がいとも簡単にその攻撃を防いだ。

どよめく観客とは裏腹に、風子の表情は落ち着いていた。





―人々の思いはそれぞれに、かつ複雑に交錯する。
















Back  Menu  Next