ACT34:巡り合わせのカタチ






 ―思い出されるのはこの村に伝わる昔話



戦国時代頃、火影の隠れ里にはその身に炎を宿す人間がいたという。

『炎術士』と呼ばれる存在。

時代によって色々とあったようだが、それは火影を率いる棟梁の証しであったと聞く。



雷覇には、それとこの村への襲撃とが偶然とはとてもじゃないが思えなかった。

―もしかして、この少年は……

浮かび上がる可能性。

否定する要素もなく雷覇はゴクリと息を呑んだ。



「魔導具、だな?」



少年はの腕を見据え、目を細めた。



「あなた、だれ……?」



が怯えたように視線を向ける中、特に顔色を変えることもなく

少年は観察するように辺りを見渡した。



「随分と殺したようだな。

 雑魚ばかりだったとはいえ、無傷の所を見るに手も足も出なかったか……」



どこか感心する口調で、もう一度を見た。



「試して、みるか……」



わずかに目を細めたものの、無機質な表情のまま少年がゆっくりへと手を伸ばした。



「っ、来ないで…!」



見知らぬ少年への不安と恐怖が、に拒絶の言葉を紡がせた。

―バチリ!と音を立てその行く手を結界が阻んだ。

同時に魔導具により糸が繰り出されるが、少年の放った炎によって焼き払われる。

そしてそのままを強襲するかと思われた炎もまた、結界によって強く弾き返された。



「ほう……」



少年は微かに感嘆の息を漏らし、口端が微かに持ち上げた。

束の間、炎の威力が急激に上がった。

その途端、脆くも結界が破れ去る。



「―っ!逃げなさい!!」


「っお兄ちゃ……!?」



炎はを襲うことなく寸前で止どまっていたが、間を置かず、雷覇が焦りを露わに叫んだ。

魔導具の中でもトップクラスの威力を持つ、雷神の雷撃を阻んでしまうほどの結界。

その強力な守りを砕いてしまった炎の威力は、さらに計り知れないモノがある。

考えるだけで冷汗どころか悪寒戦慄さえする。

―復讐か、否制裁か。

村長の言葉に疑問を抱いていた雷覇にとって、それは否定できない当然のことのように思えた。

しかしどんな理由があれど、これ以上手を出させるわけにはいかなかった。



―カカッッ……!!

少年の足下に数本クナイが投げ付けられた。



「―魔導具が欲しいのなら、この村にあるものすべてお渡します。

 ですから、その娘には手を出さないでくれませんか?」



そう少年に話しかけた雷覇の雰囲気は冷たく鋭さを帯び、

先ほどまでの戸惑った様子はまるで消え失せていた。

むしろ命乞いともとれる言葉とは裏はらに、威圧するような態度。



―そう、先のクナイは間違いなく雷覇が投げたものだ。

これ以上近付けさすまいとする雷覇の牽制と覚悟。

刺すような眼光は、少年を射殺してしまいそうなほど真っ直ぐに据えられていた。



「……来る途中にあった骸はお前がやったのか?」



少年は緩慢な動作で振り返ると、品定めするように雷覇を上から下まで見やり、

一点に目を止めた。



「その腕にあるのも魔導具、だな。」



ジッと見つめつつ呟くように言った。

すると、顎に手を当て何かを考えるような素振りを見せた。



―火影の落ち延びた者たちが寄り集まった村なだけはある。

少年はフッと笑った。

魔導具の個数だけ言えば、彼が予想していたよりも遥かに収穫があった。

ここに来るまでにも相当数の魔導具を入手することができたが、さらにあるとは。

嬉しい誤算だった。

しかしそれよりも、少年には喜ぶべきことが今、できた。

―決定的に不足しているもの。

その穴を埋めてくれそうなモノがここにあったのだ。



―窮地に立たされた時、人はそこから抜け出そうと様々な行動をとる。

自棄になって攻撃してくる者、助かろうと媚びてくる者。

中でもあからさまに命乞いしてくる者については容赦なく、少年は皆殺してきた。

雷覇の言動だけを聞いたならば、彼はその命乞いの部類に入るかのように思われる。

が、その挑発的な態度は実際、そのどれにも当て嵌まらない稀有な例といえた。



―自分の命の保証は二の次か……面白い。



少年はクツリと笑った。

媚び諂い下手に出てくる所か、隙あらば攻撃を仕掛けてきそうなほど

鋭い殺気を放ってくる豪胆さ。

愚直なまでに大切な存在を守ろうとする忠誠心。

真に心身共に強くあれるモノはそういないものだ。

―本当に、丁度良いものを見つけた。

さらに表情の笑みは深くなる。



「魔導具を集めても使いこなせる者がいなければ意味がない。

 お前たち、死にたくなくば私と一緒に来い。」



簡潔に少年は雷覇に面と向かってそう告げた。

一方、思ってもみなかった言葉に雷覇は目を見開いた。



「……いきなり、何を?」


「人手不足でね。君のような腕の立つ者を探していた。」



それがさも当然であるかのように、あっさりと口を割る。



―正気なのだろうか?



相討ちまたは殺されることを覚悟していた雷覇にとっては願ってもない話であったが、

だからと言って素直に飛び付くことは出来なかった。

何を考えているのかわからない少年のことが気になったのだ。

現状からいって分が悪いのはこちらであるし、裏がある可能性も確率としては低い。

それでも疑心暗鬼になるのは……



―この身に流れる血のせいだろうか。



少年の真意を探るべく、意を決し雷覇は口を開いた。



「私は遡ること数百年、火影の里より落ち延びた裏切り者の血を引いています。」


「この村で生まれ育ったのなら、そうなのだろうな。」



坦々としたまま、それがどうしたと言わんばかりに少年は返答した。



「それを知っていながら、何故そのようなことを言うんです?」


「何が言いたい?」



―私の勘違いか?

眉間の皺を濃くし苛立ちを隠せない雷覇に、少年は怪訝そうに顔をしかめた。



「……どこをどう考えても、相応しくはないでしょう。

 あなたにとって私という存在は憎むべき相手のはずだ。」



そう言って、胸がズキリと痛んだ。

―言ってしまった。

そんな思いが雷覇の中では一番強かった。

―誰にも言うことなど出来なかった。

己の心に秘められたわだかまりと確執、後ろめたさ。

落ち延びた火影の民が寄せ集まりできた集落はやがて村となった。

そこで生まれ、そこで育ち、己の感じた違和を吐露することは裏切りであるような気がしていた。

―例え、己が村の道具であっても……

間違いなく帰るべき場所は此処だったから。

―それももうすでに無いけれど……

雷覇はわずかに目を伏せた。



すると今の今まで不安気な表情を浮かべていたが、弾かれたように立上がった。

腕にある魔導具を粗雑に外すと、それを手元の物と一緒にあっさり投げ出し、

少年の脇をすり抜けて雷覇の元へ駆け寄った。



「泣かないで、お兄ちゃん」



そっとその手を両の手で掴むとギュッと握り締めた。

がこの守りの役目を投げ出せば、両親や雷覇も責任を問われると予め釘を刺されていた。

―何故ならそれがに最も利く脅しであったから。

けれど村長の言いつけよりも、何よりまだ幼いにとって優先すべきは家族で、

後のことよりも現在の方が大切だった。

自分を守るための魔導具も、これ以上雷覇を苦しめ傷つけるだけならばいらなかった。



……」



―どうして、この妹は……

昔から他人の感情の変化に機敏だった。

ただその優しさが今の雷覇には切なかった。



「―勘違いするな。」



埒が明かないと判断したのか、少年の唐突な言葉に雷覇の心臓がドキリと跳ねた。



「これは命令だ。お前たちに選択権はない。」



揺るぎなく強い瞳。

それから視線を外すことが出来なかった。



「血がなんだ?その程度のこと、取るに足りん。

 私が求めているモノに血の価値など、必要ない。」



そこにあるのは完全な否定。



「興味があるのはお前たちの技量と魔導具だ。」



―血など関係ないと、存在を許された気がした。

冷たい言葉のように聞こえるが、誰よりも重くその事実を受け止めていた雷覇にとっては

それが丁度良く、何よりも嬉しかった。

済し崩しに張り詰めていたものがつい緩んでしまい、不覚にも泣きそうになった。



「名はなんという?」



その問いに、嗚咽が漏れそうになるのを慌てて堪えながら雷覇は答えた。



「雷覇……雷覇と申します。こちらは妹でと申します。」



状況がいまいちよくわかっていないは、どこかキョトンとしていた。

―悪い人じゃないのだろうか?

心にあるのはそんな思い。

この少年が来てから、は怖い思いをしたし雷覇も苦しそうな顔をしていた。

それなのに名を呼ばれ、紹介されたことがよくわからなかった。

知りたいのは山々ではあったが、とりあえず頭だけ下げておくことにした。


そんな二人に、少年はわずかに目を細めるとすぐに踵を返した。



「では雷覇、、私と共に来い。」


「御意……!」

「は、はいっ!」



雷覇はその背に向かって深々と頭を下げた。

そしてゆっくりと顔を上げ、震える声で問う。



「よろしければ、あなた様のお名前をお聞かせ願いますか?」


「――紅麗。」



この幼いけれど大きな背に、雷覇は誓った。

そしてその頬から涙が零れたのをはその目でしっかりと見た。



―心からの、有らん限りの忠誠を。



『吾子等よ忠義の臣であれ』



それもまた知られざる血の輪廻。





―届かずも 唄い語るは 深き血の楔。

















Back  Menu  Next