ACT33:紅の記憶







 「命……純白で、甘く…浅はかな心の内を…絶望という色で、

 暗黒に塗りつぶしてさしあげなさい。」



そんな紅麗の言葉に耳を傾けながら、は悲しげに目を伏せた。



―紅麗への忠誠。

それは絶対であり、唯一のモノ。

しかし戸惑いや疑問などの感情は、それとは関係なく生まれてくるものであり、

意志でどうにかなるものではなかった。



の中にあるのはジレンマ。

いつも自身に『これで良いのか?』と問い掛ける声があった。

しかしその声に『否』と答えたとして、一体何が変わるだろう?いや、変えられるのか?

……は、唇を噛み締めた。












もう、何年も前のこと。



―紅麗と出会ったのは……

紅い紅い炎と血の海で、計り知れない恐怖を感じた時。

小さな世界の崩壊。すべてを失った日であり、手に入れた日。



―泣いて泣いて、それでも笑った……

が知る限り、後にも先にもこれ一度きりのことだ。



―兄の、雷覇の流す涙はを見たのは……











村が何者かによって襲撃された。

―それは森配下の手の者による奇襲だった。



轟々と燃え盛る家々と無残に殺された人々の骸が転がっている。

雷覇が村に駆け付けたときには、すでにその惨状が広がっていた。



「あ、ぁ………!っ!!」



真っ先にその名を呼んだ。

ただ必死に、自分の家ががあったところへと走る。

何とか形を保っていた家に駆け込むが、そこにはすでに息を引き取った両親しかいなかった。

―っ、一体どこへ……!?

焦りが募った。



「―…っく…ひ……」



すると、どこからか泣き声が聞こえてきた。

それにハッとし、雷覇は耳を澄ませる。



「っ…おに……ちゃ…」


「―っ!!」



向かう先は役場。

声は確かにそこから聞こえてきた。



「お兄…ちゃ…」


……!!」



そこは、見渡す限り血の海だった。

壁や天井まで異常といえる程に、飛び散っている。

その光景に圧倒された雷覇だが、その中央で小さく座り込んでいる存在を見つけると、

不思議なほど安堵感が広がった。



「……?」


「―っにぃ、お兄ちゃんっ……?」



涙でグチャグチャになった顔。

しかしそれは間違いなく、妹のだった。



!!」



急いで駆け寄ろうとする雷覇。しかし……



「来ちゃダメ!!」



の制止の声と共に、雷覇の頬を何かが掠った。



「……糸……?」



一瞬、何が起こったわからなかった。



「止まんない、止まんないの……!今までこんなこと一度もなかったのにっ!!」



そう言うの手元には、見慣れない腕輪が光っている。



「それは……」



―間違いなく『魔導具』と呼ばれる代物。



「っあの人たちは……!!」



―約束を守る気など、始めからなかったのだ。



っ……」



―人を殺したことなどなかったが、はじめて人を殺したのだ。

 ただでさえ扱うのに精神力を必要とする魔導具。

 暴走させてしまったのも当然だ。

色々と複雑な感情が交錯する中、雷覇は耐えるように拳を握り締めた。




―このままにしておくわけにはいかない。

この村を襲った者たちが、いつまたここへ押し寄せてくるかわからない。

一刻も早くここから逃げる必要があった。



「お兄ちゃん……」



しかし、にこれ以上近付くことは無理だ。

―私は、またを守れないのか?

己の不甲斐なさに、握った拳が震えた。



「お兄ちゃんだけでも、早く逃げて……!」


「そんなわけにはっ……」


「私は、ここから動けないの。」



の手元を見ると、何かがしっかりとその手に握られていた。



「それは……」


「長が魔導具を守れって、ここから動いちゃいけないって……

 私が離れたら、結界が無くなっちゃうんだって。だから……」


「っそんな!!」


「あのね、お兄ちゃんが来てくれて嬉しかった。すごく嬉しかったよ。

 魔導具もあともうちょっとで制御できそうだから、だからお兄ちゃんは逃げて?」



そう言って笑う、の笑顔が雷覇にはとても痛々しく見えた。

―魔導具と結界よる二重防衛。

防衛手段として確実な手ではあるが、それにはあくまで一時的なものであり限界がある。

―これは明らかに敵を引き付けておくための捨て駒では……



「っなぜ、そんなことを……」



握った拳がカタカタと震えた。

何もできない自分が腹立たしくて……



「力が、欲しい」



無意識のうちに、そう言葉を紡いでいた。

『―チカラガホシイカ?』

どこからか声が聞こえた。



「大切な人を守れる力が……妹を、を守れる力が……欲しい。」

『ワシヲツカエ…!ワシガ、ヌシノノゾミヲカナエテヤルゾ?』



―まさか、雷神?

魔導具に意志があるなど知らなかった雷覇はとても驚いた。

しかし困惑する反面、その声に集中するように耳を傾けていた。



「どう、やって……」

『コロセバイイ…ゼンブ、ゼンブ、ジャマナモノハスベテコロシテシマエバイイ……!!』

「殺す?全部……」



フッと意識が遠のいた。



「なっ……!?」



気付いたときには、すでに雷神が今まで見たことないほど強力な雷撃を放っていた。



「きゃぁっ!?」



しかし次の瞬間、強く光ったかと思うと雷神の雷撃は弾かれた。

それはまるでを守るように、薄い膜のようなモノがの周りを覆っていた。

―これが、結界……?



「っわ、私は…今、なに、を……」



ハッと意識を浮上させたと同時に、大きな疲労感が雷覇の身にのし掛かってきた。

意識はまだどこか混濁していたが、とにかく自分が行ったことが信じられず、

ゆっくりと確かめるように、右手に装備されている雷神を呆然と見下ろす。



―今、間違いなく、を殺そうとした。

未遂にせよ力の加減を気にかけるわけでもなく、躊躇さえせずに攻撃を仕掛けた。

その事実が雷覇にとって、何よりもショックだった。

それこそ自分の無力さ故に憤り、雷神の言葉に惑わされ、ただ感情に流された。



―もしこの結界が無ければ……

雷覇は頭から冷水を浴びせられたようにブルリと震えた。



「お兄ちゃん……?」



助けるために結界を破るどころか、この手にかけようとした。

その事実は、愕然とする雷覇にさらに追い討ちをかけた。

恐怖心が芽生えてしまった以上、雷覇にはこれ以上どうすることも出来ない。



「お兄ちゃん、早く逃げて…!」


「っ……!!」



そう、一刻も早くこの場から、村から逃げなければいけないというのに。

雷覇はグッと唇を噛み締めた。

小さな妹を見捨てて逃げるなどという選択肢はもちろん、雷覇にはなかった。

見捨てたとして、この血の海の中心で一人恐怖に耐え、涙で頬を濡らす姿を

無理に笑った笑顔を一生忘れることなどできないだろう。



―後悔しないわけがない。どうにか、どうにかしなければ……!!

焦りと不安が一層強く雷覇の心に渦巻く。



「―……っ!?」



すると突如として背後に気配を感じ、警戒態勢のまま数歩後ずさった。

ここへ辿り着く途中も何名か斬り伏せてきたが、それとは比べものにならないほど強い気配。

一つしかない入口から、その存在は姿を現した。



「……君、は……」



雷覇の目がわずかに見開かれた。

何故なら、そこから入ってきたのは雷覇よりも幼い子供だったのだから。



―しかしその子供に見覚えはなかった。

村の子供ならば絶対に見たことがあるはずで、歳もより少し上程度のようだから、

見たことがないなどその方がおかしい。

困惑する雷覇を尻目に、少年は一歩一歩へと近付いて行く。



「あ……」



―危ない!

そう言いかけて言葉を失った。

少年に向かって放たれた糸が、一瞬にして焼き払われたのだ。

―ま、さか……!!

その光景から唐突にある噂を思い出した。




―炎を操る少年

雷覇は彼を知っていた。

いや、見たことはこれが初めてなのだが、裏世界で流れている情報。

そこで実しやかに噂されている話の一つに『魔導具』らしき物を集めている者がいる

という話があった。

その者が誰であるのかさらに調査していると、それらしき出来事には必ずと言っていいほど

『炎を操る少年』の話が絡んできた。



―彼が……?

その年齢からは想像できないほど多くの修羅場を潜ってきたに違いない。

凄まじい覇気を纏い、周りとは一線を画す存在。



雷覇はただ静かに息を呑んだ。














Back  Menu  Next