ACT31:似て異なる思い






 リングの上では激しい攻防戦が繰り広げられていた。

息をも吐かせぬ、とはまさにこういう戦いのことを言うのだろう。

目にも止まらぬ剣速と絶妙に繰り出される剣技。

とにかく凄いの一言につきた。



―しかし……

体力の差か、戒の攻撃を防ぎきれなかった水鏡がとうとう地に膝を着いた。

その姿はボロボロで、白いジャケットだっただけに紅色が目立つ。

肺が傷ついたのか苦しそうに口から血を吐き出した。



―凍季也……!!



カシャン…と、その手から閻水が零れ落ちる。



『閻水を落としたァ、今だ戒!!首を斬れ!!血を!血イイ!!』



氷魔閻が血を求めて興奮する。

観客は先ほど血を吸っていた様子思い出し、背筋をゾッとさせた。



『何をしているゥ!!早くっ早くっ斬れェえ!!』



「――五月蠅いわ貴様!!!」



突然、戒が怒鳴り声を上げた。



「剣を取れ水鏡――」



―またとないチャンスのはず。

なのにわざわざ閻水を持たせようとする、戒の意図が読めない観客は困惑した。

しかしそれを余所に、戒が淡々と告げる。



「素手のおまえを殺すなど、私のプライドが許さない。私のプライドがな……!!」



今までのことを熱く語る戒を、ただ静かに見つめた。

感情の高ぶりからか、その頬には一筋の涙が伝っていた。



「――なにが天才だ!!石が金を潰すトコを見せてやる!!」



激情を隠すことなく、その瞳は水鏡だけを真っ直ぐに見据えていた。



「紅麗様……」



そんな戒の雰囲気に呑まれたのは、観客だけではなかった。

同じ十神衆である命でさえ、困惑の色を見せた。



「知らなかったか、あれが戒だ。」



紅麗の視線は変わらず戒に向けられたままだった。



「麗には向かぬ、個人主義者だがね…あえて十神衆とした。

 あの怨念めいた執念が好きだよ。」



仮面で表情は伺えない。

しかしその声は確かに優しかったと、は思う。



―御自身を、投影されているのでしょうか……



戒は紅麗に似ていた。本当に微かにだが、根底にある純粋なモノ。

揺らぐことのないソレは強さか弱さか、とても繊細であるのは確かだった。

そんな危うさを秘めつつ、強くある存在。

いち部下が勘繰る必要などないことだけれど、それはずっと

が無意識に抱いていた不安の答えだった。



「…戒…」



水鏡が閻水を握り、ゆっくりと立ち上がった。



「勘違いをしないでほしい…僕は黄金でもなんでもない。

 僕は姉の仇を討つ…それだけのために氷紋剣を手にした。それだけなんだ……」



そう語る水鏡の目に偽りはなかった。



「血を求めるのは僕も同じ――

 たった一人で生き恥をさらして剣を振るう、石コロなんだよ。

 むしろ…純粋に強さを求めている君のほうが



 ――僕には眩しく映る。」



自分の想いを吐露する水鏡。

―そんな彼を見たのは、今回で二度目だった。

烈火や柳、風子や土門。

水鏡にとって、彼らはどんなに眩しく見えただろう。

その思いはが抱いたものと同じではないけれど、とても似ていた。



……」



雷覇がその肩にそっと手を置いた。



「私は……大丈夫…」



にとって誰よりも眩しかったのは柳だった。

―水鏡は何を思い、何を感じて戦っていたのだろうか?

それを思うと、胸が苦しくなった。











リングでは水鏡、戒の双方が睨み合ったままピクリとも動かない。



―戦闘思考が最終段階に入ったのだ。



どこまで相手の手を読み、その上をいけるか。すべてはそれにかかっていた。

―これで決着がつく。

それに間違いはないだろう。

この会場の誰もが、その雰囲気を何となく感じとっていた。



―そして、水鏡が先に動きを見せた。



四方に水の玉が浮かぶ。



―先ほど見た『水成る蛇』!?



「愚かな!そいつはさっき完全につぶされた事を忘れたか!?」



それでも水鏡は動きを止めなかった。



「戒…これは最後の賭けだ。閻水に残された全ての水を使う。

 僕のすべての力を出し尽くそう。四方より交じりてツララを纏わん……『ツララ成る蛇』!」



―ツララ!?

観客がどよめいた。



「なるほど!ツララ舞と水成る蛇を合わせるか!

 考えもしなかった……さすが天才のなせる技!しかし!!氷魔閻!!」



不敵に笑った戒も戦闘態勢に入った。



「『凍結界』!!」



その言葉とともに、戒自身が氷で覆われていく。

さながら、氷の鎧とでも言おうか。

全身が氷に覆われているという異様な姿に、驚きの声が上がった。

それも束の間――



『氷柱成る蛇』と『凍結界』が激しく衝突した。

バキバキと氷同士が砕けあう凄まじい音が会場に響く。

どちらが押しているのか。佇をのんで見守った。



「がぁあ゛あぁあっ!!!」



戒の呻くような雄叫びとともに、氷が砕け散った。



―水鏡の技が砕かれた。

それは確かだった。

何故なら満身創痍ながらも戒はそこに立っているのだから。



「は…はは…ははははァ!!勝ったぞ水鏡ィイ!」



戒がすかさず駆け出した。閻水の水はもうない。

だからその攻撃を躱すことはできても、防ぐことはできない。

そして、倒すことも……



「おまえに勝つ!!今こそ積年の思いを!!!」



氷魔閻が水鏡の心臓部分に突き刺さった。



―っ……!!



しかしそれは水へと姿を変え、パシャリと重力に従い崩れ落ちた。

そして戒の背後から、閻水で戒を斬りつける水鏡の姿があった。



「ば…か…な。もう閻水には水はない…はず…」



―閻水の刀身は紅い色。

確かに水は無くなっていた。

そう、その正体は、自らの血を持ってして固められた刃だったのだ。



「氷柱成る蛇はカモフラージュにすぎない。

 最後の賭けとは、水がなくなったと油断を生ませる事…」



―……一体、どれほどの血液を使っているのか。

はゾクリと身体を震わせた。



「水鏡、戒、両者ダウン!!10カウントを取ります!!」



ギリギリのところまで冷静さを保ち、計算し続ける。

それは才能と言うべきなのか……否、彼は気付けばいつも傷だらけだった。

生というものに対する執着が、他人よりも薄いのかもしれない。



―それは誰かに似ていた。



カウントがされていく中、観客からは水鏡、戒、両名の名が必死に叫ばれる。

―そう、どちらか勝ってもおかしくはない。

試合内容はそれだけ充実したものであり、観客の胸を打った。



フラフラと二人が立ち上がるが……



「ぐぁあぁあぁあぁぁあぁぁ!!!!」



―勝利に対する執着。



それだけだった。



それだけが戒をつき動かしているように見えた。



水鏡がドサリと倒れ、この試合の勝敗は決まった。



「勝者『戒』!!!」



大きな歓声が会場を包み込んだ。

決着はついたというのに、戒はどこか呆然としたように言葉を紡いだ。



「……勝った…た…勝てたのか……?水鏡凍季也に」



悪夢から解き放たれたような、または憑物がとれたような、そんな顔だった。



「僕はすべての力を出しきった。あれで立たれるとは思わなかった。

 素直に負けを認めよう。君は、石なんかじゃない――」


「水鏡…」



水鏡の身体からは、先ほどまで纏っていた殺気が嘘のように消え失せていた。

一瞬、目を見開いた戒はフッと笑った。



「そうか…すでに気付いていたのか…私がおまえの、姉の仇ではないことに――」



―水鏡はしっかりと見極めていた。

途中、感情的になりもしたが、彼はその境界を間違えなかった。



「それらしい言葉で、そう思わせようとしていたみたいだが…

 君には執念こそ感じても、邪悪な念は、感じられなかった。」


「……執念か。」



水鏡の言葉に、戒はゆっくりと頷いた。



「そう、私はおまえに勝ちたい…それだけだった。

 それだけが……それだけが生きがいだった。」



―重かった。その言葉は、とても重かった。

はそっと顔を俯かせた。



「今、その想いが報われて、張り詰めてたものが切れた…

 終わった…って思うぜ。これで思い残す事…っ」



突然、戒が大量の血を吐き出した。



「戒!!」

「来るな!!!」



駆け寄ろうとした水鏡を戒が制した。



「来るんじゃねェ…来るなよ、水鏡!おまえは、『こっち側の人間』になっちゃいけねぇ!!」

「そっち側の…人間?」



投げ掛けられた言葉の意味が分からず、水鏡は確認するように言った。



「おまえは殺された姉の仇を討つ事だけを目的に生きる。

 私はおまえを倒す事だけを目的に、剣を磨き、ここへ来た!

 共に、底に流れている感情は、執念、怨念、負の力!!似ているのだ、私とおまえは!


 そういう生き方だって、あるかもしれねェがよ…

 そうやって生きてく男の末路は、きっと一つだぜ。」



それは、今まさに目的を遂げてしまった戒だからこそ言えることだった。



『何言ッテヤガル、戒!!血ダ!!奴の血を早ク飲マセロォォオォオ!!』



狂ったように血を求める氷魔閻に、戒は不思議なほど穏やかな視線を向けた。



「…そうだな。氷魔閻にも力を借りた…さぁ、たっぷりと飲ませてやる。」



―ドスッ……!!と鈍い音が鼓膜を震わせた。



視線の先……が見つめていた戒の傷だらけの背からは、

氷魔閻の凶悪な刃が突き出していた。

照明に照らされギラリと光るそれは血を吸い、より禍々しく見えた。



―戒さん……



彼を止める事は誰にも出来なかった。
















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