ACT30:閉じられた瞳






 リング中央で交わされる言葉の数々。

それは敵への挑発であったり、真実への模索であったり……

とても一言では言い表せない感情が入り交じっていた。



ただそれを、外から見守ることしか出来ないにはもどかしく、

複雑な思いを抱くことしかできないのだった。



「――もし…仮に君が、僕の求めている人間だとすれば…

 これほどすばらしいことはない。」



……息を飲んだ。



―本当に、本当にそう思っているの?



「不思議だ…昂揚している。興奮を抑えられない!」



―……狂気



背筋がゾワリと震えた。



「姉さん、答えが出るよ……」



―お願い。答えを見つけて……



は祈るような思いで彼を見つめていた。

と、水鏡が閻水を地面に突き刺さした。



―『氷紋剣』



今までに彼の試合を観戦した者ならば、その魔剣の圧倒的な強さを知っている。

しかし戒は驚くどころか、それとなく余裕な様子さえ見せていた。



……いや、むしろ愉快で堪らないという表情。



―そう、彼も狂っているのだ。



麗(紅)側からそれをはっきりと視角できるわけではないが、

何よりもその傷だらけの背中が物語っていた。



―『氷柱舞』



地表から無数に突き出した氷の柱。

それは戒に直撃するかと思われだが……



―『氷柱舞』



水鏡の放った技をそっくりそのまま戒が放った。



相殺



氷の柱は同じく氷の柱によって砕かれた。



「どうした水鏡……流石に動揺を隠せぬようだな。」



戒のしてやったり、という表情が鮮明に、水鏡の目に映り込んだ。



「なにもおまえだけが、氷紋剣の使い手ではないということだ。」



思わず、は顔を背けた。



―凍季也……



複数あった氷の柱を、戒はたった一本の太い氷の柱で止めた。

それは一見すると戒に分があるように見えて……。



「バカな!!師、巡狂座は、一度口にした事を曲げるような方ではない!

 僕以外にこれを使える者など、いないはず!


 ―四方より交われ…氷紋剣『水成る蛇』」



「クク…愚かな。交われ!出でよっ、氷成る蛇!!」



―そう、決してモノマネなどではない。

 それに早く気付いて対処しなければ…そうでなければ……。



は、爪が食い込むほど強く、拳を握り締めた。



「疑り深いな。本物と言っているだろう!そんなことで殺された姉の話を聞けるのかなァ?」



―戒、さん……



『ゴォオオオ!!斬れ!!斬れェーーー!!戒ィイっ!あいつの血、飲ませてくれええ!!』


「魔導具がしゃべったぁ!!?」



まっ先に反応したのは土門だった。

驚きのあまり素頓狂な声を上げる。



―意思を持つ魔導具……それはが戦った『呪』と同じ類いのもの。



ふと、ボロボロな自分の手に視線を落とした。



「自ら血を欲する獣……とでもいいましょうか。」



それは一体、何に対して言ったのか。

はわずかに目を細めた。



「―嬢ちゃんは何か知っておるのかのぉ?」


「……おや?」



いつの間にやら隣りに、火影側に居たはずの老人がいた。



「いつの間に……」



まさに神出鬼没。後ろでは音遠が心底呆れており、雷覇は苦笑していた。

一方、向かい側では、火影のメンバーがギョッとした表情でこちらを見ていた。



「なっ、じーさん!アブねぇぞ!!」



の居る位置は多少、紅麗から離れているとはいえ敵陣には違いない。

しかし紅麗は気にする様子もなく、ジョーカーも面白そうな表情を浮かべてこそいるが、

関わってくるような素振りは見られない。

ただ、命だけが不機嫌な様子を露にしているという、何とも異様な光景となってたが……。



「―火影のジジイがこちらに何用です?」



今にも殺しそうな殺気を振撒きつつ、命が言った。



―……短気。



はこっそりと呆れた。



「お主に用はないわい。あえて言うならこの嬢ちゃんに用がある。」


「私、ですか……?」



自分の名が上がったことに、は少しだけ驚いてみせた。



「どうやら魔導具に詳しいようじゃし、話しでもと思ってのぉ」



ほっほっほっと、どこか楽しげに笑う老人。

それに命が何かを言おうとしたが……



「……捨て置け」



予想外にも紅麗がそれを制した。



「しかし……!」

「……騒がしい、と言っているんだよ。」

「っ……申し訳、ございません。」



紅麗はそのまま何も言う事なく、視線をリングへと戻した。



―紅麗様……



この戒の試合を邪魔して欲しくなかったのだろう。

も一度口を閉ざし、戒へと視線を向けた。



「―ふむ、そういえば紹介が遅れたな。」



今気づいたとばかりに、戒は左手に持つ魔導具を少し上に持ち上げた。



「氷魔閻!!属性は氷!閻水とは兄弟のような武器だそうだ。――巡狂座にいただいた。」



―巡狂座……



驚きの感情を露にする水鏡を尻目に、戒はその喜色を崩すことなく更に笑みを深めた。



「――で。そこんとこどうなんじゃ?嬢ちゃん」



またもや老人に話を振られ、は仕方が無く口を開いた。



「そうですね……大したことはありません。

 極一部に関してのみ、と言ったところですよ。」



は一度だけ紅麗に視線を向けると、また静かに視線をリングへと戻した。



「ほう。しかしアレを驚かないところを見ると呪のことも『知っておった』な?」

「……ご覧になっていたのですか。」



は小さく息を吐いた。



―先の試合の間、その時の試合のVTRを流していたためか。



ほんの少しだけ、顔を不機嫌そうに歪めた。

何せそのことに加え、先程から妙に絡んで来る老人に、気を許すこともできないのだ。

ストレスは溜る一方で、なかば八当たりするように氷魔閻を見据えた。



「――十神衆が一人『呪』

 正式には魔導具『縛呪』ですが、アレはあの氷魔閻と同じく意思を持つ魔導具でした。

 ある意味氷魔閻よりも厄介ですが、しかし所詮は屍ですから。」


「言うのう……」



髭を擦りながら老人が笑った。



「そう、氷魔閻とは違います。

 氷魔閻は血を求めていますが、呪は常により頑強な肉体を求めていましたから……

 今思えば土門君辺り、きっとそのお眼鏡に叶ったでしょうね。」


「うむ、一理ある。」


「じょ、冗談じゃねぇぞおい!」



聞き耳を立てていたらしい土門が慌てて叫んだ。



「……ともかく、意思のある魔導具はその数こそ少ないですが、無いわけじゃない。」



―そう、風子の風神しかり…兄さんの……



ふと、はまた口を閉ざした。

ちらりと後ろを振り返ると、いつもと変わらぬ兄の顔があった。



―ごめんなさい。



は、心の中で謝罪した。

























「―出任せを…言うな!!」



水鏡が閻水を振り上げ、勢いに任せて戒に叩き付けた。



「出任せじゃねえんだよ色男!!私はこの日をずーっと待っていたんだ!!」



戒の一撃が水鏡の脇腹に入る。



―凍季也……



戒の言う『巡狂座』と水鏡の知っている『巡狂座』の大きな認識のズレ。

それが水鏡を困惑させていた。



「聞きたい事が二つに増えたな。

 戒……お前が同じ門下生だろうが関係ない。すべてを語ってもらおうか。」



水鏡の瞳が、鋭利な刃物のように鋭く細められた。



―迷いは剣を鈍らせる。



そんな言葉が脳裏を過ぎった。

















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