ACT28:その瞳は誰よりも温かく






 試合を終え、リングから戻ったを麗(紅)のメンバーが出迎えた。



「―土門程度に随分と時間のかかったこと…。余裕のつもりかしら?」



口許を扇子で隠しつつ、真っ先に皮肉を言ってきたのは命だった。



「……そうですね。」



それには怒るわけでもなく、淡々とした様子で答えた。



―……命などどうでもいい。

 それよりも……




「―まさか、このがここまで手擦るとは思わなかった。非礼を詫びて、姿を見せよう。」



「……紅麗様」



入口から悠然と姿を現したのは紛れもなく、麗(紅)の大将である紅麗だった。



―その存在感は群を抜いて迫力がある。



それこそ誰も寄せ付けぬ



『王者の風格』



圧倒的な強さに魅入られた者や畏怖の念を抱く者、

束の間の時間に注がれた慈愛に縋る者、

彼のすべてを愛し慕う者



……どのような形であれ、人を引きつけてやまない人物。



それが紅麗であった。





会場は一気に、揺れるようにざわめき立った。



「……ご苦労だったな、。」


「勿体なきお言葉、痛み入ります…」



ゆっくりと言葉を紡ぎ、深く頭を垂れた。



「よい、顔を上げよ。……それよりその左手……」



紅麗がわずかに目を細めた。



「……安いものです」



恥じるように目を伏せたを、紅麗は面白いものでも見るように笑った。



「―お前にそこまでさせたか……」



そう言ってから視線を外すと、紅麗は火影に目を向けた。



の左腕。



そこには魔導具・鉄鋼線舞が装備されていた。

しかし左手に着けられている手袋の下……

見えてこそいないが、その手はボロボロだった。



―電子鉄線によるダメージ



それは土門だけではなく、にも影響を及ぼしていたのだ。

先ほどから、ほとんど動かされていないの手を紅麗は見逃さなかった。



「―石島土門くん。素直に敬意を表しておこう。君は強くなった。

 館で初めて見たころとは、別人のようだね。」



その表情こそ定かではないが、パチパチと小さな拍手を送る。



「気になる事はあったんだよ。

 君ほどの精神力を持つ男が、圧倒的不利な状況と相手でどこまで戦えるのか…

 勝つまでには至らなかったが、事実として君はをここまで追い詰めた。」



傍目にはわからないだろうが、それは確かなことだった。

一貫して試合中、には常に余裕があったように見えた。

しかし実際には、肋骨を何本かとこの左手を負傷している。



―その代償は、思っていた以上に大きい。



にとっては『辛勝』に違いなかった。



はこれでも幼少の頃より忍としての訓練を受けていてね。

 言わば戦闘においてスペシャリストだ。

 正直、ここまで苦戦するとは思っていなかったよ。

 私の予想を裏切る君の奮闘ぶりに、思った以上に楽しませて貰った。」



―……私は勝った、勝ったけれど……。



複雑な想いがの胸中をざわめかせた。

ぼんやりと見ていた紅麗の背中から視線を外すと、小さく肩を落とした。



「――


「戒、さん…」



がわずかに俯いていると、横からそっと頭を撫でられた。



「……早くその手を治療して貰え。あそこで雷覇が心配で仕方ないという顔をしているぞ……」


「え……?」



指で示された先には、眉尻を思いっきり下げ、とても情けない表情をした雷覇がいた。



「……兄さん」



―相当心配を掛けていたらしい。



普段から無駄に心配性。

とはいえ、今回は心臓に悪い試合をした自覚があったため、申し訳ない気持ちになる。



「早く行け」


「でも、次の試合は……」



戒の表情はフードで見えない。

しかしその視線の先は反対側にある火影の陣営……

『水鏡凍季也』へ注がれていた。



「―僕が出よう。」



水鏡のその一言で会場中が盛り上がる。



「おぉおおぉーーーっ!!水の剣士水鏡!!!」



そこで審判が慌ただしくも交替し、前説が始まった。



「水鏡凍季也、戦績!!三戦三勝無敗!!

 水の剣を利用した数多の術は、美しいの一言!! 対する麗(紅)は――」



―せめて“彼”の試合を……



は右手で胸元を握り締めた。



「……案ずるな。観客席より見ていればいい」


「…………」



すぐ横を通り過ぎていく戒を、は振り返ることができなかった。



―彼の記憶。



それは深く根付いた憎しみと、彼の者に勝利することへの渇望。

その強い執着の理由を垣間見てしまっただからこそ、

それに水をさすようなことは言えなかった。



「凍季也……」



どうなってしまうのか、全く予想のできないこの試合。



―どちらが傷つくのも見たくない。



一瞬、リングへと降りた水鏡と目が合った。

しかし、視線はすぐに逸らされてしまう。



―当然だ。



先ほど土門に『裏切り者』と言われたばかりではないか。



―それなのにまだ、縋ろうとする自分がいる。


―あぁ、なんて浅ましい。



痺れを切らし、駆け寄ってこようとしている雷覇を視界の端に入れながら、

その好意を拒否することの出来ない自分に溜め息をついた。



「こんな勝手が許されるのですか、紅麗様!本来ならば、次鋒は私……」



戒に先を越され、命が抗議の声を上げた。



「許してやれ命」



紅麗がそれを宥め、―ツッ…と目を細めリングへ視線を向けた。



「戒にとって水鏡は…『因縁の深い』相手らしいからな――」



彼もまた戒の戦う理由を知る者。
























「決勝戦第2戦!!水鏡VS戒!!



 ――始め!!」



瞬間、二人は跳んだ。



あまりの速さに、常人には消えたように見えたかもしれない。



―目にも止まらぬ剣速。



何度斬撃を繰り出したのか、この距離からは確認出来ない。

二人が同時にリングに着地すると、水鏡の右腕から血が噴き出した。



「ホホ…戒め…それなりにやりますね。」


「………」



―どこを見ているのか。



仮にも十神衆に名を連ねる者が……と溜め息をつきたくなるような命の言葉を黙殺しつつ、

は黙ったままの紅麗にそっと視線を向けた。



「これではあの魔導具の力を出す必要もないか?ホホホ…」



そんな一人楽しそうな命を余所に、水鏡が左手の親指を立て、ソレを下に向けた。



「――!?」



それが合図であったかのように、戒が纏っていた外套が破けた。



「フードが!!い、いつの間に!?」


「戒の姿が見えるぞっ!」



驚き盛り上がる観客たちとは裏腹に、の表情が暗く沈む。



「あれが……戒!!」



物凄い殺気がこちらまで伝わってくる。



―が、それだけではない。



彼の半端ではない強さを、その気が体現していた。



「クク…寝つきはいいほうかな水鏡くん?これから悪夢に苛まれるよ。」



沈黙を破って紅麗が笑った。



―そう…結局自分は、知っていても、ただ指を咥えて見ていることしか出来ないのだ。
















Back  Menu  Next