ACT27:光陰の先に
拘束を解いた土門は、全身傷だらけだった。
糸とはいえ、人一人を拘束する力のあるものだ。
力まかせに千切れば無傷というわけにもいかない。
すると、土門が何かを取り出した。
「それは……」
あまり大きくはない球体。
一目見た限りだと、忍の使う閃光弾などの弾類のようにも見える。
けれどこの場で出す、一発逆転のできる物といえば
――『魔導具』しかない。
はすかさずその手元にクナイを投げ付けた。
「うぉっ!?」
土門の手元が狂い、球体は遥か上へと放り出される。
「―……っ!」
足を一歩踏み出すと、腹部がズキリと痛みの反応がわずかに遅れた。
奪うことを諦め仕方なく、再度掴み取ろうとした土門の手元目掛けて、
またクナイを投げ付ける。
すると―キンッ!という音がなった。
わずかに魔導具にもあたってしまったらしい。
落下地点を変えた球体は土門の手をすり抜け……
『あ……』
土門の口内へと消えていった。
「の…飲み込んじまった……!!」
その一言で、何とも言えない焦燥感がの心を駆け巡った。
「魔導具を、飲み込むなんて……」
予想外というか、有り得なさ加減もいいところだ。
あまりの珍事に、ついつい放心してしまった。
しかしこれ以上、その魔導具に対してどうこうする術があるはずもなく、
仕方がないと自分に言い聞かせ、は頭を切り換えた。
いまだ困惑する会場の気持ちは大変よくわかる。
しかし、これ以上試合を長引かせることは自分の体力的にもいけない。
持久戦など端から頭に入れていない。
は密かにもう一つの魔導具を発動させた。
「―余所見している暇はありませんよ。」
「―……っ!?」
間一髪でそれを避けた土門だが、地面に突き刺さったソレに頬を引きつらせた。
「な、なんじゃこりゃあ……!?」
糸が何本も集まり1本の線のようになっていた。
それはまだいいとしても、それが当たり前のように地面に突き刺さっているのだ。
異様な光景だろう。
「―『線』じゃな」
火影側に、突如として現れた老人がそう呟いた。
「……願子の魔導具の能力じゃねぇのか?」
「いえ、違うわ……」
陽炎がそちらを凝視しながら言った。
「それでは糸が自在に動くことの説明にはならないわ……」
「え……?」
「実際に戦った風子ならわかるはずよ。
『形儡』は糸の出し入れや人形を操ることは出来るけれど、
人を直接攻撃するには向いていない物だということを――」
「で、でも実際にこうして……」
「多分、カモフラージュじゃな。本来の魔導具を悟らせないためかのぉ?」
「本来の魔導具……」
「うむ。恐らくは『線』の…」
「―お爺さん、よくご存じで。」
はそちらを見上げて優雅に笑った。
「これは魔導具『鉄鋼線舞』お察しの通り『線』を操る魔導具です。」
「……『線』?」
「そう、ちなみに私が先ほどまで使っていた物の正体は知っての通り糸ですが、
今の攻撃に使ったものは鉄線…所謂ワイヤーと呼ばれる物ですね。
あくまで別の魔導具を媒介して使用しているので、本来の能力とは少々異なりますが…」
どこか楽しそうに説明するに、老人は険しい表情をした。
「お主……」
「まぁ他の能力は土門君の頑張り次第で追々見られると思いますよ?」
そう言うと、はまたワイヤーを出現させた。
「―行きます」
今度は3本のワイヤーが別々に土門を襲う。
土門も器用にそれを躱していくが……
「それで避けたつもりですか?線は『直線』だけとは限りませんよ。」
急激に曲がった線の1本が土門の脇腹を背後から貫いた。
「うぐっ…ぁ……」
「また、拘束させていただきますね?」
今度は糸ではなくワイヤーでの拘束だ。
力任せだけではそう簡単に抜け出すことはできない。
「さて、今度はどうですか?」
が不敵に微笑んだ。
「―お主、それを使いこなすまでに何人殺した?」
それは老人の唐突な問いだった。
「やはり……」
「爺さん、何言って……」
納得するような素振りを見せた陽炎と、己の耳を疑うように聞き返す烈火。
険しい表情を崩すことなく老人は答えた。
「その言葉の通りじゃよ。
『鉄鋼線舞』それをその歳で使いこなすということは並大抵の事ではない。
それに加え、他の魔導具との併用。
才能の一言ではとてもじゃないが説明がつかん……」
真っ直ぐに見据えられたは、絶えず浮かべていた笑みを消した。
「―そうですね……ありますよ、殺したこと。」
ポツリと呟くように出た一言。
火影の面々は顔を強張らせ、小さく息を呑んだ。
「人数は……すみません、ちょっとわからないです。
というか覚えていないんですよ、すみません。」
「覚えてねぇって…」
「どうでもいいことじゃないですか。私は『人殺し』それでいいでしょう?」
「っちゃん……!」
「もういいでしょう?これで終わりです。さようなら土門君―」
は左手を軽く引いた。
「―……良かねぇ、良かねぇよ!!」
土門にワイヤーがくい込む。
しかし突如として、反発するように肌が硬化していき、
収縮を続けていたワイヤーはそれに耐えきれず弾けるように切れた。
「―っ……!?」
「……これで、ミンチも串刺しも無理だぜ」
ニヤリと土門の口端が綺麗に上がった。
「……これは」
バラバラになったワイヤーの一部を回収しつつ、は顔をしかめた。
「形勢逆転じゃあっ!!」
勢いに乗って攻撃を仕掛けてくる土門を余裕を持って躱すが、その表情は固い。
「あの肌の色は一体……?」
「『鉄丸』じゃ」
「――鉄丸?」
「先ほど飲み込んでしまった魔導具、使い方はあれで良かったということじゃよ」
―っ……!
は小さく舌打ちをした。
『鉄』と聞いて、は瞬時に状況を把握した。
しかし鉄を斬るには、この軟弱な線では力不足。
だからと言って他の『線』で鉄を斬れる代物と言ったら……
―はここで勝負に出ることを決めた。
それはもちろん、この試合をこれ以上長引かせたくなかったこともある。
しかし何より、それを攻略する手段がこれしか思いつかなかったからでもあった。
土門から大きく距離を取ると、は意識を左手に集中させた。
―斬鉄なんて高等技術をはもちろん持ち合わせてなどいない。
もしかしたら、雷覇ならばそれも可能だったかもしれない。
しかし今戦っているのはだ。
『線』を作り出すにあたって、この『鉄鋼線舞』は使用者の創造力・精神力が
大きく関係してくる。
「―二つ以上のことを考えるのは大変疲れるんですが……仕方ありませんね。」
そう言うとは分厚い手袋を取り出し、左手にはめた。
「――『電子鉄線』
いくら鉄丸が丈夫といえど所詮は鉄。電気は通しますよね?」
が左手に持つ、黒く太い線は細く刺々しい光を帯び、バチバチと音を鳴らしている。
「これを使うつもりは…なかったんですけど、ね……」
その言葉の指す意味は、これがの奥の手であるということ。
そのときのの表情を、土門や火影の面々は伺うことはできなかったが。
―トンッ…と踏み込んだかと思うと、
土門が嘴王を出す間もなく一瞬にしてが目の前に詰めていた。
「防御しても、意味ないですよ?」
「ぐぁあぁあぁぁっ!!!!」
土門の左肩にそれが触れた。
それだけで土門には相当のダメージが与えられたようだ。
「もう少し電圧を上げれば、傷自体をつけることも可能みたいですね……」
即座に間合いを取り、はその手応えを確かめる。
「―土門……!!」
「やめて…お願いやめてちゃん!!」
フラフラで立っているのもやっとな土門。
それを見兼ねた柳が、嗚咽の混じった声で叫んだ。
「柳ちゃん……」
フッと、昨日以来はじめてが顔を上げ柳を見た。
「優しくて、真っ直ぐで、可愛いい、綺麗な、柳ちゃん……
――あなたは人殺しの私をどう思いますか?」
唐突に投げ掛けられた、柳への質問。
そう言ったの顔は、この試合ではじめて見せる柳の良く知る友の表情だった。
「ちゃん……」
口から無意識のうちにその名が零れた。
そして覚悟を決めたように柳はを真っ直ぐに見た。
「私は人を殺すちゃんを知らない。だから、知ったときは怖かった……怖かったよ。
それでも、それでもちゃんが、私の大切な友達であることは
――変わらないよ。」
「……そっ、か」
少しの沈黙の後に返された声は、微かに震えていた。
そしてはこの殺伐とした会場には似合わないほど、ふわりと綺麗に笑った。
しかしそう微笑んだのも束の間。
満身創痍の土門を背後から張り倒したかと思うと、
左手の『線』を背中に思いっきり押し当てた。
「ぐぁあああっ!!」
「っ!テメェ……!!」
「土門!!」
烈火と風子が叫ぶが、はそちらを振り向かなかった。
「……審判、カウントお願いします。」
の足下には意識を失い、横たわる土門がいた。
「1、2……」
必死に土門の名を呼び続ける彼らを、は無視した。
「6、7……」
―柳ちゃんなら、何となくだけどそう言うと思ってたよ……
ふと、俯いていたが顔を上げた。
「 」
その唇の動きを理解できた者は、この会場に何人いただろうか。
―ありがとう
それを伝えたい本人には、きっと届いていない。
―それでもは……
「9…10…!」
頭上で光る照明の熱が、ゆっくりと身体に染み渡っていくように感じられた。
「――勝者!麗(紅)!!」
―わずかな時間であったけれど……
柳の親友で在れたことに、今、泣き出しそうなほど感謝していた。
Back Menu Next