ACT26:迷走
―麗十神衆の『時』は、
その事実は火影は大きく動揺をさせた。
しかしその中の誰よりも……
現在リングの上に立ち、を倒さなければならない土門は、特に強い焦りを感じていた。
「―…っくそ!よりにもよってかよっ!!」
彼女に言いたいことは山程あった。
しかし、今はそんなことを悠長に語っている暇などない。
何故なら土門は自ら『時』という人物に喧嘩を売ったのだ。
知らなかったとはいえ、土門の性分が引き下がることを許さなかった。
―しかしだ。相手が『』となると勝手が違う。
内心は戸惑うばかりだ。
「―…所詮、そこまでということでしょうか」
が唐突にポツリと呟いたかと思うと、どこか冷めた眼差しで土門を見た。
「先程までの勢いはどうしました?覚悟がどうの……と言っていましたよね?」
ゾッとするような笑みを浮かべ、土門が視線を逸らすことを許さない。
「―あなたの『覚悟』って何ですか?
やはりただの戯言……所詮は口だけでしょうか。」
気圧されつつも、土門はギリリと奥歯を噛み締めた。
その表情には怒りの色を滲ませながら、それでも一歩が踏み出せずに内心は迷っている。
そんな内心を悟ってか、はフッと今度は呆れたように笑った。
「怒るくらいなら、証明して見せればいいでしょう。
―何です、怖けづいたんですか?」
そんなやり取りを、火影の面々は表情を固くしたまま見つめてた。
「ちゃん…」
柳は胸の前で両手を握った。
表情や態度や口調、そのすべてが柳の知らないで、
誰か顔の全く同じ別人を見ているような気分だった。
しかしそれは昨日の出来事が現実であったことを、痛烈に、柳の心へ刻み込んだ。
正直、今にも泣き出してしまいそうだった。
―そしてその後方に控えていた水鏡は、さらに複雑な表情をしていた。
―らしくもない。
彼女を見て、最初について出た言葉はそれだった。
自分がの何を知っているのかと問われれば、全く何も知らないとしか言えない。
ただこの数か月、自分に接して来た彼女のすべてが嘘だとはとても思えなかった。
何度となく、真っ直ぐに見据えられた瞳に陰りなどなかったから。
―……わからない。
彼女を敵だと割り切れない自分に腹が立つ。
けれど同時に、あの時……柳とは違う笑顔、言葉で許してくれた彼女の姿が
脳裏に焼き付いて離れない。
「私は昨日言いましたよね?『火影の敵になる』と。
さっさと頭を切り換えてくれませんか?
私はあなた方の『敵に変わりはない』迷う必要がどこにありますか?」
それは土門だけではなく、火影のメンバー全員へ向けた言葉だった。
「……!!俺らはっ、柳はダチだろう!? 何で、何で戦わなきゃいけねぇんだよ!」
「戦うこと自体が必要だからです」
「―っそれがわかんねぇって言ってんだよ!!」
そんな土門の悲痛な叫びにが微かに視線を落とした。
「私が紅麗様の『忍』だからです。主に忠誠を誓った『忍』は主のために。」
「何で、何で紅麗なんかの…!」
その言葉に、の目が細められた。
「別にわかってもらえなくとも構いません。
けれど誰に強制されたわけでもなく、私が自身で決めたことです」
「柳を苦しめてんのはその紅麗じゃねぇか!」
「……そうですね、否定はしません。それでも私は紅麗様を選びました。それが答えです」
「っ……!!」
土門はそれ以上、言葉にすることができなかった。
「質問の方はもうよろしいですか?」
「…クソッ…クソッ!!」
「おしゃべりも、そろそろ飽きてきましたし試合を再開しましょうか…」
審判の方へ謝罪の意を込めつつ目配せすると、は左手に力を込めた。
反対に右手にはクナイが4本握られている。
「―行きますよ。」
この試合はじめてから仕掛けた。
牽制にまず1本を足下に投げ、間髪を入れず顔面目掛けもう1本を投げる。
「―っ!」
「―遅いですよ」
一瞬にして土門の背後に回るとそこからさらにもう1本を投げる。
それを土門が振り向き躱したと同時に、正面からその首へ残りの1本を押しつけた。
「これで一回、あなたは死にましたね……」
ツッー…とそこから赤い液体が流れ落ちた。
「早く本気にならないと死にますよ?」
致命的な一撃を入れることなく、次々とクナイで斬りつけていく。
戦闘スタイルからいっても、どうしてもその相性の悪さが否めない。
しかし今の問題はそれだけではない。
肝心の土門が防戦一方で、攻撃してくる素振りを全く見せないのだ。
「―土門君、あなた本当に死にたいんですか?」
フッと動きを止め、が言った。
「まぁ、それでも私は一向に構いませんが…」
膝を着き俯いている土門を見下ろしながら、は小さく溜息をついた。
「―どうやら、まだ迷いがあるようですね。……柳ちゃんも可哀相に。」
その一言は、確かに哀れみを帯びていたがまるで他人事のような言い草で、
そんなの態度は目の前にいる土門にはっきりと伝わっていた。
「―…っ柳を裏切ったテメェがそれを言うのか!?っざけんな!!」
「『裏切った』……えぇ、そう思われても仕方がないとは思います。
けれど、ふざけてるのはあなたでしょう土門君。
中途半端な希望を持たせるだけ持たせて、負けたら最後はごめんなさいって?
説教をたれていた割に、自分の背負っているモノの重さが
全くわかっていないんじゃないですか?
私に言わせれば、それこそ……
― ふざけんな、って感じです。
だから私がそんな期待を持つこと自体が無意味であることを
この試合で証明して差し上げます。
―完膚無きまでに叩きのめしてあげますから、覚悟してくださいね?」
―それが私の、火影へ向けるべき『優しさ』だろう。
そんなの言葉にようやく触発されたらしい。
土門の顔つきが変わった。
―この時、は内心で微笑んでいた。
それは純粋な喜びであり、そんなの変化に気付いた者はおそらく雷覇くらいなものだろう。
「天の邪鬼ですねー、も……」
会場の柱の影から見守っていた雷覇は、こっそりと苦笑した。
―彼らは気付いただろうか?
の言葉の真意を。
すべてが喧嘩腰に投げ掛けられた本当の真意を―。
土門の片手には嘴王が握られ、即座に遠距離からの攻撃に対応してきた。
もそれに合わせてようやく魔導具を発動させる。
変則的に動く嘴王に苦戦しながら、隙あらば土門の懐に潜り込もうと試みる。
それを何度か繰り返し、再度土門の懐に飛び込んだその時。
どうやらそれはわざと見せた隙だったらしく、を土門の拳が襲う。
ギリギリの所で躱すと、その死角をついて今度は嘴王が襲ってきた。
「く゛っ……!!」
急所は避けたが、その身にはじめて攻撃が入った。
は痛みに顔を歪めつつ、冷静に状態を確認する。
―どうやら肋骨を何本か持っていかれたみたいね。
動く度に鋭い痛みが走る。
「これでスピードは半減だな」
「……それはどうでしょう?」
見事動きを止めることに成功した土門だが、それでも余裕のある。
―それはもちろん強がりなんかではない。
の腰からぶら下がっている玉が先ほどより光を増している。
そのことに気付いた土門は目を見開いた。
「―そりゃぁ確か……」
「『形儡』です。
願子ちゃんから借り物なので申し訳ないんですが、今はそうも言ってられないので」
クスリと笑うに、土門はハッとして身体を動かそうとするが……
「無駄ですよ。すでに動きは封じました。
実際、私がわざわざ攻撃のためだけに何度も懐に飛び込む必要なんてありませんから。」
するとまた、取り出したクナイを土門に投げ付けた。
「ぐぁっ……っ!!」
当然避けることなど出来るはずもない。
左肩と右太股にそれが突き刺さった。
「串刺しとミンチ、どちらがお好みですか?今ならご希望の方を受付ますよ。」
満面の笑みを浮かべ言うに、土門は青い顔で言い返す。
「うげっ……趣味悪りぃーなぁ、おい」
この後に及んで減らず口を叩く彼に、も内心で苦笑する。
「じゃぁ片付けが面倒なので、串刺しで」
「……っておい!」
焦る土門に構わず、は大量のクナイを構えた。
「うぉぉおぉぉおおお!!!!」
すると土星の輪が強く煌く。
「なっ……!」
ブチブチと音を立てて、拘束していた糸が切れていく。
「俺様を舐めんな!!」
「馬鹿力……」
予想していなかったわけではないが、こうもあっさり抜け出すとは思ってもみなかった。
彼をまだ少し侮っていたことに、こっそり反省する。
―勝敗の行方は、まだわからない。
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