ACT25:真実のある場所
審判の試合開始の声と同時に動いたのは、土門だった。
力強い右拳がを襲う。
「―…遅い」
一撃目をあっさりと躱す。
続いて二、三と繰り出される拳もヒラリヒラリと躱し、余裕な様子を見せた。
すると…
「―追い詰めたぜ!」
ニヤリと笑った土門。
の背後には、いつの間にかリングの端……
丁度、絶壁の一歩手前のまで来ていた。
「―おぉっ!」
「すごーい!」
「単細胞なりにちゃんと考えていたんだな…」
試合開始から数分、いきなり相手を追い詰めた土門に、
火影側から驚きの声を上がった。
「…確かに、成長したようだな。」
「そうだね。」
亜希と月白が感想を述べた。
「しかし、あまりにも呆気なさ過ぎやしないか?」
「―『時』か」
空海は『嵐の前の静けさ』のような、底知れない不安を感じていた。
そのためか、些か怪訝な表情をする。
「僕も『時』のことはよく知らない。亜希は?」
月白に話を振られ、亜希は口を開く。
「知ってるよ。あんた達よりは、ね…」
妙に含んで言う亜希に、今度は月白が怪訝な表情を浮かべた。
「それは、どういう意味だい?」
月白が尋ねる。
と、リング上で動きがあった。
「―残念でした。」
―トンッ…!
とが高く跳躍したかと思うと、あっという間に、今度は土門の背後に回った。
「はい『追い詰めました』よ?」
クスクスと笑いながらはそう言った。
「―んなっ…!?」
「なんつー跳躍力……」
目を見開いて、土門はを凝視した。
「―っ…クソ!!」
背後にある崖を意識してか、少々青褪めた顔は悔しそうに歪む。
するとは土門から背を向け、一番始めに立っていた位置まで歩いていく。
そこで立ち止まると、クルリと身体を反転させ、
今度はどこか不思議そうに土門を見返した。
「―何をやっているんです?戦わないんですか?」
「……はぁ?」
土門を含め、会場中がそう言いたい気分だったろう。
「…あいつ、何なの?」
「う、うぅーむ……」
心なしか、月白と空海の表情が引きつっている。
「はぁ……。まぁ、そういう子だよ『時』は…」
亜希もどこか疲れたように溜め息をついた。
「それはどういう……」
「戦うときはいつもあぁなのさ……とにかくマイペースでね。
あの子にはあの子なりの、勝負の仕方っていうものがあるんだよ。
だから、あんまり気にしないほうがいい。
基本的にフェアな奴、とでも思っとけばわかりやすい……」
「わからん…な。
今まで火影が戦ってきた麗の面々のことを考えると、
どうもしっくりこない……」
眉間に皺を寄せる空海に、子美が思いついたように口を開いた。
「―えーっと、どうやら馴染みのない方が多いようなので、
『時』選手について、簡単にご紹介させていただきますね?」
壁に設置してある巨大なスクリーンに『時』が映し出された。
「ご存じの方も居られると思いますが、
実を言うと『時』選手は元々、Cブロック代表の麗(雷)の選手でした。」
「へぇー…」
「ここまでの戦績は、準決勝で1勝したのみ。他の試合の情報はありません。」
「……は?」
会場が妙な沈黙に包まれた。
「えーっとですねぇ…」
「麗(雷)の大将である雷覇が、全試合先鋒で出場。
準決勝まで一人で全勝してたんだよ。」
困った顔をしていた子美を助けるように、亜希が半ば呆れつつ補足した。
「はい、そうです。
そのため『時』選手が試合をしたのは、
雷覇選手の棄権した後の私的な試合のみになります。」
「私的って?」
「はい。それはすでに勝敗が決まったあとのことで…。
麗(紅)の大将である紅麗選手との話合いで、先鋒だった呪選手を『時』選手が倒す。
それにより、十神衆に入るという条件での試合でした…」
「呪……」
「前の大会ほとんど一人で倒したとかいう強者か。」
その言葉に、会場が大きくざわめいた。
「一応、そのときのVTRもこちらにありますけど…」
「見せてもらおう」
試合そっちのけで、話が進められていく実況席。
観客もそちらが気になるのか、リングを見ている者は少ない。
「……元はと言えば兄さんのせいよね。」
はポツリと呟いた。
これは所謂『悪目立ち』状態ではないか。
必要以上に試合をしなかったせいで、現在こんな状況になったのだ。
「どうしましょうか…」
相手である土門でさえ、チラチラとスクリーンを気にしている。
これでは試合どころではない。
仕方がないとばかりに、は会場に殺気を放った。
「―そんなに私のことが気になりますか?
詮索されるのはあまり好きではないのですが…」
呆れながらは土門を見据えて言った。
「そんなことをせずとも、知りたければ、自身で暴けばいいでしょう?」
―明らかな挑発。
しかしあっさり乗ってくれたらしい。
「―っんなことわかってらあ!!」
怒声と共に、こちらへと突っ込んで来た。
―速くなった!
先ほどよりもスピードが上がっている。
―やはり考えながら戦うより、本能で戦う方が彼の性に合っているらしい。
面白いとばかりには笑った。
次々と繰り出される拳の拳圧か…。
先ほどまでと同じように躱すと、マントの端がわずかに裂けた。
―順応するのが早い…!
それに気を取られていると、とうとうマントの端を掴まれた。
「―チッ…!」
―ビリビリ…!!と破けたマント。
左側をおよそ半分持っていかれた。
「…驚きました。」
は、土門とマントを交互に見つつ苦笑した。
「―そうですね…まずは、甘く見ていたことに対して非礼を詫びましょう。」
そう言いながら、ゆっくりと破けたマントを外し、ついには狐の面さえも取り去った。
「では改めまして……お相手願えますか。石島土門君?」
伏せていた瞼を上げ、真っ直ぐにそちらを見据えた。
『………っ!!!!??』
彼らが驚愕に目を見開き、絶句しているのが分かった。
同じく、会場が大きくどよめく。
「あ、驚きました?……まぁ当然といえば当然ですけど。」
昨日とは打って変わって、口調も雰囲気もまるで別人のように、
不敵にほほ笑むがそこにいた。
「『兄が決勝戦に出ない』とは言いましたけど、
『私が出ない』とは一言も言ってませんよね?」
「一体どういうことだ!?」
「あの子は昨日の……」
実況席の空海や月白からも疑惑の声が上がる。
「―驚きです!何と『時』選手は女性!」
「…あんたたち、あの子のこと知ってるの?」
亜希がどこか不安気に二人を見た。
「あぁ昨日、火影のところで…!」
「あぁ、そういうこと。」
それに納得したように頷く。
「亜希はどうして…」
「…どうしても何も『時』いやは、私たちに姉妹にとっても妹みたいな子だからね。」
「どういうことだ?」
月白は更にわからないという表情をした。
「あぁ、あんたは知らないのか。
あの子が十神衆に入ったのはついこの間だけど、それに相応する実力は元からあったんだ。
予備軍だったのはちょっとしたに事情でね……実力のせいじゃない。」
「あの娘、歳はさほど火影のメンバーと変わらぬだろう?」
空海が驚いたようにリングを見た。
「17歳だよ。あれでかなりの古株さ。麗入隊は音遠姉様より早い。」
「なっ…!」
「一体何者なんだい?彼女」
そんな二人の謎は深まるばかりで―
「―何者かって?ごく普通の女子高生……と言ってあげたいところなんだけどねぇ。
は同じ十神衆の一人『雷覇』の実妹なのさ」
「「!!!!」」
「な…なんと新事実発覚です!『時』選手改め、本名選手!
麗(雷)を率いていた雷覇選手の妹だったー!!」
会場がまたもやどよめいた。
と言っても、それも女性の声が半分以上を占めていたが。
「…あーもう、本人無視して勝手に広めないで欲しいですね。」
は疲れたように溜め息をついた。
「まぁ…そういうことで。嘘は言ってないですよ?」
「……」
「―私は『火影の敵』それは何も変わらない」
笑みを浮かべて話すの目には、一体何が映っているのだろうか。
Back Menu Next