ACT23:其は咎人の願い
「―ただいま戻りました…」
―パタン、と扉が小さく音を立てた。
が城に戻って来たのは、日が完全に沈んでから少しした頃で―
「……」
帰って来るのを待っていたのか、雷覇がすぐに側へと駆け寄ってきた。
「ただいま、兄さん…」
「……おかえり、」
二人とも、今にも泣きそうな、そんな顔をしていた。
お互い、相手を安心させようと、どうにか笑おうとしたのだが、全然上手くいかない。
雷覇がゆっくりとの頬へと手を伸ばし、腰を少し屈めた。
「…大丈夫、ですか?」
その目はどこまでも優しい色を宿していて…
―あぁ、やっぱり知っているんだ。
と、は痛む胸を我慢するように唇をかんだ。
「……大丈夫、大丈夫だよ。」
視線を合わせないように、僅かに俯いた。
雷覇は、ただ困ったようにほほ笑んだ。
「…そう、ですか。では何故そんなに…泣きそうな顔をしているんです?」
「それは……」
言葉に詰まった。
いくら頑張って隠しても、雷覇は必ず穴を見つけ、そこからやんわりとつき崩していく。
「兄さんこそ、情けない顔…」
そんな兄を、ちょっとだけ恨みがましく思い、は少しだけ顔を見返した。
「それはが泣きそうだからですよ。」
「何、それ…」
原因を自分に転嫁され、ついついムッとしてしまう。
「…あぁ、言葉が悪かったですね。
―私は…にそんな顔をさせてしまったことが辛いんです…すみません」
雷覇の突然の謝罪だった。
「―そんな、謝らないで…」
咄嗟に、は否定の言葉を発した。
「私は自分で決めたの。兄さんが悪いんじゃない…
だって今までずっと、我儘を通してきたんだもの……
毎日が当たり前のように『平穏』だった。
そんなこと、私に許されるわけがなかったのに…」
はまた視線を落とした。
「きっと、最初から求めてはいけないモノだった…
だからこんなことになったんだよ。」
握った拳を小さく震わせながら、は今までの自分を振り返っていた。
―学校へ行って、友達を作って、好きな人が…できて…。
雷覇たちから離れ、一人暮らしをしてまで得たかった普通の日常。
―本当に、そうだったのだろうか?
いくら悩んでも、ただ、ただ自分がわからなくなっていくばかりで…。
「―…嘘つき、ですねぇー」
突然、雷覇から投げ掛けられた言葉に、心臓がドキリと跳ねた。
「何で、そんなことを言うんです?」
「それは……」
言いよどむに、雷覇は続けて言う。
「『後悔はしないように』そう、決意したのでしょう?
だったら彼らと出会ったことも含めて、それを否定してはダメです。」
言いながら、強く握り過ぎて白くなったの手を、両手で優しく包んだ。
「兄さん…」
「―まだ、終わっていません。これからです。
今日伝えきれなかったことも、全部含めて…明日しっかり清算してきましょう?」
雷覇の目は、誰よりも強く、優しく、真っ直ぐで―
「うん……」
―そんな兄だからこそ、は一緒にいたいと、守りたいと思ったのだ。
―私たちの血がどんなに罪深いものであるか…。
紅麗が側にいることを許してくれている限り、は自らの『生』を許す事ができた。
それはきっと、雷覇も同じようなもので―
ただ…雷覇は、とは別に『因縁』を背負っていた。
いや、背負わされたといい方が正しいかもしれない。
それを思い出すたびに、は何度も泣きそうになった。
―十年程前…
と雷覇が暮らしていたのは、寂れた小さな村だった。
他の村や町との交流もなく、現代から置いて行かれるように、
ただひっそりと存在していた村。
子供はと雷覇の二人を含めて、十人にも満たなかった。
だからだろうか。
物心のつく前から、の遊び相手はいつも雷覇で、
歳が離れているにも関わらず毎日のように、いつもの笑顔を浮かべてを構ってくれた。
―そしてが5歳を過ぎた頃…
雷覇が村の重役に呼ばれた。
両親を伴い連れて行かれたのは役場の少し奥にある、洞窟を利用した薄暗い部屋。
幼いもそこに同席し、静かに様子を見守っていた。
村長が村の成立ちから話を始め、不思議な道具の話を持ち出してきた。
その不思議な道具は、モノによって色々なことが出来るらしい。
もそれをおとぎ話を聞くように、目をキラキラと輝かせながら聞いていた。
すると、村長が周りにいた重役の人に視、線で合図を送った。
コクリと頷いたその人は、背後の壁に手を当てたかと思うと、
ガコンッと石の一部を外したではないか。
すると、少し離れたところから突如、更に奥へと続く道が現れた。
「何ですかコレ…」
驚いた雷覇が思わず声をあげた。
「―この先には先ほども話した道具…『魔導具』が保管されてある。」
「…それは、架空の話ではなかったのですか?」
「違う。我らの祖先が造りし、最強の忍具だ…」
「そんな…」
突然つきつけられた事実に、雷覇は狼狽した。
「お前には素質がある。
これを使って、各地に出回ってしまった魔導具を回収するのが役目だ。」
「これ、は…」
村長が差し出したのは一つの木箱。
「『雷神』という。
魔導具の中でも最高傑作と謳われるモノだ。」
「雷神…」
「いくらお前でも扱いは難しいだろう。
抑制のためにこの風神の核も一緒に渡しておく…」
「風神…」
―本当におとぎ話のようだ、と雷覇は他人事のように思った。
「これは雷神の対であり、同じく最高傑作と言われる魔導具だ。
しかしこれはあくまで力の源となる核。
その本体は行方不明、それを探すのもお前の役目の一つだ。」
「役、目…」
―ということは、この村を出なければいけないのだろうか。
一瞬、自分より幼い妹が心配になり、ちらりと視線を送る。
「ふん、このような素晴らしいモノがあるに、使わずして何のための『力』か…
あ奴等のように犬死は簡単。なれど、我らはここで終わらぬ…!」
「犬、死…?」
その『あ奴等』と、言われた存在がとても気になった。
「当主を含め『火影』と共に朽ちていったモノたちのことよ…。
大軍を前に魔導具も使わず、ただ死ぬだけの道を受け入れた愚かな者たち…」
「…おろ…か…」
「生き延びし者たちが我らの祖先。至極当然のことよのぉ…」
「………」
話を聞く雷覇の顔からは、どんどん色が失われていく。
この時の村長の表情が、雷覇にはとても嫌なモノに見えた。
「お兄ちゃ…?」
少し離れたところで、両親の横に座っていた。
しかしそんな雷覇の異変に気付いたのか、その脇をすり抜け兄の元へ駆け寄った。
「…?」
「これ…イヤなの?」
箱を指さし、困った顔をしながら首をかしげた。
「っ……」
「じゃぁポイしよっ!」
「えっ!?あっ…」
「ならぬ…!!」
「ひゃっ!!?」
村長の一喝に驚き、はビクリと肩を揺らした。
その目には、今にも零れ落ちそうな程涙が溜まっている。
「お兄ちゃんが悲しいの、、イヤ…」
泣く事を必死に我慢し、一歩も譲らないとばかりに雷覇から離れない。
―……。
ここで雷覇が拒否をすれば、それは両親…
それどころかこの妹にまで迷惑がかかる事は、容易に想像できた。
「―…やります…僕、やります。だからは、にはこんな危険なことを―」
数年後、この村は何者かの襲撃にあい、その存在を抹消された。
生き残りはいないとされ、その襲撃目的も不明とされている。
―私たちの『業』それは火影終焉、唯一の汚点であること。
―いつか『罪』を、裁いてくれる者が現れることを、
密かに待ち望んでいたのかもしれない。
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