ACT21:語られない真実






―決勝戦まであと一日。



は覚悟を決めた。



そして、自分の中にあるわずかな迷いを断ち切るべく、とある部屋を訪れていた。

その扉の前に立ち、一度だけ、深呼吸をしてノックする。



―コンコン…



それは強くはないけれど、弱くもない音。



すると中から「はーい!」という元気のよい返事が返ってきた。

の心臓は、緊張のせいか、トクントクンといつもより早く脈打つ。



「どなたですかー?」



なんの躊躇もなく、言葉と共に開かれた扉。

同時に、の眼前に現れた人物は…



「久しぶりだね、柳ちゃん…」


「え…?…ぁ……」



柳の目が驚くほど大きく見開かれた。



「元気、だった…?」



―事前に、再会の言葉を色々と考えてあったはずなのに。



は言葉が出てこず、それしか言うことができなかった。



「っ…!ちゃっ…!!…ふえっ、ぐすっ……うわぁーん!!」



と、その返事をするどころか、急に泣き出した柳。

それに今度はが驚いた。


彼女には珍しいほど、オロオロとうろたえる。



「や、柳ちゃん!?…えっ、えぇっ!?そのっ、泣かないでっ!?」



咄嗟にそう言って肩を抱いたに、柳はそのまま勢いよく抱き付いた。

あまりの勢いに、後ろにひっくり返りそうになりながらも…。


そんな柳をしっかりと抱き留めたのは、の気合いと根性の賜物としか言いようがない。



ちゃっ…本当にちゃんだぁ…!!」



当分泣きやみそうにない柳に、緊張していたもゆるゆる表情を緩ませて苦笑した。



―あぁ…本当に、随分と会っていなかったような気がする。



柳を抱き締めながら、ふとそう思った。

今回のことに関して、きっと柳は一番自分に責任を感じていただろうから。


直接的な原因でこそ決してないが、あの館に、

が行くきっかけを作ってしまったのは柳なのだ。


責任感の強い彼女は、いや間違いなく『巻き込んでしまった』などと、思っているのだろう。



柳はそういう子だから。



―本当のところは、全くそうじゃないのに、ね……



「姫ェ!?一体どうし……」



しばし、再会の余韻に浸っていたの耳に、今度は別の声が飛び込んで来た。



その声の主を考える間でもなく、柳の泣き声に慌てて飛んで来たのだろう。

駆け付けてきた面々とバッチリ目が合った。




「「「「「っ(姉ちゃん)!!!!」」」」」




その場には、火影のメンバーが勢揃いしていた。

他にも、会場で見掛けたことのある人物が、ポツポツと混ざっている。



「えっと、とりあえずみんな…久しぶり」



―何と言っていいやら。



適切な言葉が全く思い浮かばない自分は、そうとう動揺してしまっているらしい。


特に、あの水鏡までもが驚愕に目を見開いている光景はも素で驚きだ。

まぁ当然と言えば当然の反応なのかもしれないが…。



その場はまるで、彼らの時間だけが止まってしまったようで、ついつい笑ってしまった。



、お前どうやって…!」

「無事だったんだね!!」

「間違いなく本人だよな!?」

…なのか?」

さん…」



上から烈火、風子、土門、水鏡、陽炎の順。

小金井は柳に続いてに飛び付いてきた。



「とりあえず本人…としか言いようがないかな?」



―説明の仕様がない。



と、苦笑混じりにそう言うと、

先ほどまで静まり返っていた部屋が一気に騒がしくなった。



「キャーっ!?!!本当にだっ!」

「紅麗とかに何かされてねぇよな!?」

「間違いなくじゃーっ!!」



そしてあっという間に取囲まれたかと思うと、背を押されるがまま、部屋の中へと案内された。

























―場所はリビングへと移り…



「いい加減離れたらどうだ?」



水鏡が口を開いたかと思うと、柳と共ににくっついていた小金井が

力づくで引き剥がされた。



「うわっ!…ケチー!!」


「うるさい。」



お互いに火花を散らすように睨み合うと、そのまま今度はポカスカ殴り合いを始めた。



「なぁ、二人ともやめ…」


「「うるさいゴリラ」」



止めに入った土門は敢え無く撃沈。

こういう時だけ、妙に息が合っているのだから、何だか笑えてくる。



「はぁ…ちょっと、アンタたちいい加減にしなよ!が困ってるだろ!!」



そこへ仕方ないとばかりに、見兼ねた風子が拳骨を一発ずつ、

二人にブチ込んであっという間に黙らせた。



『………』



が本当に困っていたかどうかはさておき。

それを傍観していた面々の心境は、この時きっと同じだったことだろう。



―風子最強、と。



―しかし……そんなやりとりが、には、ヒドく懐かしく感じられた。







「―それじゃぁ改めて…」



知らない者も複数いるため、は何故か自己紹介をするハメになった。



―知り合いの居る前で挨拶するのは、正直気恥ずかしいものである。



「えーっと、です。

 凍季也と同じ高校2年生で、柳ちゃんとは中学の頃からの友人…です。」



どこかぎこちなく挨拶するは、隣りに座る柳に視線を送った。



―私が友人などと名乗る資格は、もう無いのに…。



そんなの気持ちとは裏腹に、柳が素早く口を開いた。



「違うよちゃん!!私は友人じゃなくて親友だよ!」



満面の笑みでそう言ってくる柳が、にはとても眩しかった。



「そ、そっか…そう、だね!」



とにかく、笑い返すのが精一杯だった。

―その笑顔の不自然さに気付いた者は、この場に、何人くらいいただろう。



「柳殿の友達…か」


「何でまたこんな所に?」



事情を知らない、空や麗(魔)の面々が不思議そうに問うてきた。



「それは……」


「紅麗の奴が、姫の代わりに連れ去っていったんだ。」



の言葉を遮るように、烈火が言った。



「紅麗…が?」


「何で、また…」


さんにも柳さんのように、何か特別な力が?」



その問いには、当然、誰も答えることができなかった。


唯一答えることができるとすれば、それは本人以外にありえない。



「―、君は紅麗の元で何をしていたんだ?」



重たい沈黙を破って、水鏡がを見た。



「っ…オイ!」


「みーちゃんっ!!」



慌てたように土門と風子が声を上げた。



「ちったぁーのことを考え…「気にしないで」…へっ?」」



烈火の声を遮っては言った。



「『気にしないで』って…」



風子が困惑したようにを振り替える。



「言葉の通りだよ。そう…別に、特別に何かされたわけじゃないもの。

 行動の制限こそされたけど、拷問とか実験とか…そういう類いのは全くなかった。」



その言葉に、何名かが明らかにほっと、息を吐くのがわかった。



「じゃぁ一体何で……?」



小金井の問いに、は静かに瞼を下ろした。



「―兄さんがね、あそこに、居たの…」



―嘘ではないけれど、それだけが真実というわけではないソレ。



「兄…さん…?」


、ちゃんの…?」



その場にいた者たちの目がゆっくりと、大きく見開かれた。



「確か、出張が多い…と前に言っていたな?」



水鏡が記憶を辿るように言った。



「両親は、私が幼い頃に亡くなっているの。

 だから、兄が私をここまで育ててくれた……」



―これも間違いなく本当の話。



そう、柳にはそれをだいぶ前に話していたはずだ。



ちゃん…」



柳の声は小さく震えていた。



「俺たちの知っている人物、か…?」


「拙者らは新参者だったゆえ、知っている人物も余り多くは無いが…」



「…多分、知っています。」



餓紗喰と火車丸の言葉にしっかりと頷く。


『あの場』つまり館にいた人物となると、その人物は大分限られてくる。

ただ、その事実が彼らには信じられなかった。



「…名前を、聞いても?」



―聞いてはいけない。



そういう思いはきっと、みんなあった。



決勝戦を前にして、本来、聞くべきでは無いことだと、頭ではわかっている。



けれど……その場にいた全員が、ただ静かに息を飲むことしかできなかった。



「―兄は、麗所属の……」







―その言葉は彼らの耳にどのように届いただろうか。













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