ACT2:嵐
―久しぶりの学校登校だった。
ここ一週間程学校を休んでいたのだが、その原因というのが問題だった。
「兄さんの馬鹿…」
そう、まさか呼び出されてそのまま拉致されるとは夢にも思わなかったのだ。
あのあと、3人に連れ出されまずしたことは組み手。
正直、鈍った体であの3人やその部下たちを相手にするのは、
かなりつらいものがある。
それが3日続き、そのあとは音遠とその妹分二人に引きずられ買い物三昧…
元言い、着せかえ人形。
それが2日間。
やっと開放されたかと思うと、また雷霸に捕まり更に2日。
計一週間は彼らに振り回されていたのだった…。
「久しぶりに会えて嬉しかったのはわかるけど…」
―限度がある。
溜息をつきながらも教室に入れば、
の座席の隣りに見知らぬ青年が座っていた。
―…誰ですか?
一瞬クラスを間違えたかと思ったが、そんなはずはない。
一人固まっていると、近くに居たクラスメイトが話しかけてきた。
「あ、さん!風邪治ったんだ!」
「あ…う、うん!」
―風邪…?
てっきり無断欠席になっているとばかり思っていたので、そのことに少々驚いた。
「あ、はい!これ休んでいた間のノート。
テストのときにいつもお世話になってるからそのお礼!」
「ありがとう…」
ノートを受け取り、はさりげなく聞いてみた。
「えっと、私の席の隣りの人は…?」
「あぁ水鏡君!少し前に転校してきたの。
さん休んでたもんね。」
その言葉にようやくは納得した。
―どおりで見たことないはず…。
席に座ると、はちらりと横を見た。
―顔はそこらの女の子より整っていて綺麗だし、
長い髪もツヤツヤ・サラサラ…。
もし、学ランを着ていなければ、
性別を間違えていた自信がにはあった。
―兄さんといい勝負かも…。
きっとモテるんだろうなぁと、ふとそんなことを考えていた。
―放課後
校門を抜け、ひたすら自宅マンションへの道のりを歩いていると、
前方に同じ学校の制服を着て歩く人影を見つけた。
―珍しい…。
あまりここら辺で同じ学校の人を見たことはなかったので、少々驚いた。
「あれは…」
同じ学校の学ランにあのサラサラの長い髪。
今日一番印象に残った隣りの席の彼、水鏡君ではないだろうか?
「家、こっちなんだ…」
微妙な距離を保ったまま二人は歩く。
「あ…」
の住むマンション。
彼もそこに入って行くではないか。
「…まさか、ね。」
戸惑いながらも中に入っていくと、
水鏡が腕を組んでこちらを睨んでいた。
「―君は確か同じクラスの…」
「です。転校生の水鏡君…だよね?」
お互い自信なさげに確認しあった。
「…さんはどうしてここに?」
その表情は少々様子を伺うような雰囲気が漂っている。
「あ…、もしかして私ストーカーだと思われてた?
ごめんね、紛らわしくて。
私ここに一人で住んでるの。まぁ…家庭事情が複雑で必然的に。」
「…すまない。」
「…いいえ。」
そう言うとそこに丁度エレベーターがやってきた。
二人は乗り込むと階数ボタンを押した。
『え…?』
ランプのついた階数は一つ。
つまり降りる階も同じということだ。
沈黙が二人の間に流れた。
―同じ階と言えば、確か隣りに空き部屋があったような気がする…。
あまり大きいとは言えない箱の中、扉の位置にが。奥に水鏡が立つ。
後ろからヒシヒシと視線を感じ、は小さく溜息をついた。
―まだ疑っているのかな…。
早くこの場から逃げ出したい、という衝動にかられる。
と、タイミングよくエレベーターが着き、はほっと一息つく。
スタスタと歩くこと数歩、部屋の前に立って鍵を取り出す。
―ん…?
横に振り向けば同じく鍵を持つ水鏡の姿がある。
「…お隣りさんだったんだ。」
ポツリと、一人納得するように呟いた。
こうしてみると、一週間不在だったという事実を改めて実感する。
「…今度会うまでに対策考えないと。」
あの悪夢の再来だけは遠慮したい。
―どうやったらあの癖の強い人達を躱せるだろうか。
悶々と一人唸っていると、隣りから声をかけられた。
「―さん」
「へっ?」
鍵を鍵穴に差し込んで、扉を半開きにした状態のまま百面相をしている姿は、
さぞや間抜けだっただろう。
いつの間にやら着替えて出てきていた水鏡が、口許を押え笑いを堪えていた。
「え?あ、あれ?私、つい考え事してて…!」
自分の失態に気付き、顔を赤らめた。
「引っ越しの挨拶をしに出て来てみたんだけど…丁度良かったみたいだね。」
その言葉には更に顔を赤くした。
「何回か訪ねてみたんだけど、不在のようだったから。これ。」
愛想はないが、簡潔に言って手渡されたのはお菓子の詰め合せ。
「あ、ご丁寧にどうも…」
何故か敬語で受け答えしてしまったが、
その一連の動作はちゃんと躾がなされていることが一目でわかる動作だった。
「…じゃぁ僕はこれで」
「また明日学校で…」
当たり障りなく二人の会話は終わった。
もようやく家の中に入ると、部屋着に着替えてソファに転がった。
静けさが部屋を包み、一人この家に帰って来たことをまた実感する。
あの騒がしさが嘘のような静寂には体を小さく丸めた。
―もう、小さな子供ではないのだから…
『『』』
―私を呼ぶのは誰…?
『大好きよ…』
『私の可愛い妹…』
―私を妹というのは、兄さんと音遠だけよ…。
あなた達は誰?
『もうすぐ会えるわ』
―どこで…?
『すべてを思い出して…』
《――様!―様!!》
「―いやぁあぁぁあぁ!!!!」
気がつくと、辺りは暗闇に包まれていた。
「っ…ゆ、め…?」
嫌な汗が体にまとわりついている。
どうやらソファでうたた寝をしてしまっていたようだ。
「思い出すって…何を?」
自分に1年程度記憶がない時期があることをは自覚している。
ただ一度だけ、兄である雷霸に聞いてみたことがあった。
が、転んで頭の打ち所が悪かったのだと、笑顔で言われた。
当時は転校を繰り返していたため、多少記憶がなくとも問題は全くなかった。
―だから特に執着もなかった。
音遠、磁生に聞いても答えは同じ。
特に何かあったかと聞けば、たわいもない話しをたくさんしてくれた。
―だから今まで気にする必要もなかった。
だけどそれは、今思えばとても不自然だった。
そう、まるで温室で育てられた花たちのような…違和感。
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