ACT19:染まる手のひら
「火影、勝ったみたいですね…」
通路に設置してあるテレビ。
丁度そこに映し出されていたのは、魔元紗が土門に殴り飛ばされる瞬間だった。
―終わった。
中継映像を見上げながら、は内心そう呟いた。
「行くぞ、」
「はい、紅麗様」
颯爽と歩き出す紅麗の斜め後方。
それには寸分の狂いも無く、ただ静かについて行く。
通路には紅麗の靴の音が―…カツーン…カツーンと冷たく響いた。
―これから始まるのは『ユダ』への制裁。
裏切り者にはそれ相応の罰を下さなければならない。
―それは、決勝戦まで漕ぎ着けた火影への『牽制』の意味ももちろん含まれているだろう。
そうでなければ、わざわざ紅麗自身が会場に赴く必要などあるはずがない。
―きっと、意識せずにはいられないのだ。
『花菱 烈火』彼はこの短期間に、とても強くなった。
―…しかしそれは、烈火だけではない。
柳を含めた火影のメンバー全員が強くなった。
ようやく視界が明るくなり、目の前が開けてきた。
―その光の先にあるものは紛れもない『火影VS麗(魔)』の試合会場。
決着がついた会場に、波乱をもたらすように二人は現れた。
そして…
思いがけない人物の登場に観客の奇声が響き渡った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「くっくっくっくっくっーーー!!!!紅麗だぁーーーっ!!!!」
前回の優勝者なことも相余って、その知名度は異常なまでに高い。
会場にいるほとんどの者が動揺の色を露にしていた。
「何もここまで驚かずとも、ですね……」
一緒にいるとしては、同じく自分まで注目されているようで、少々不快だった。
ついには小声でブツブツと文句を言いはじめる始末。
そんな彼女を尻目に、紅麗は淡々と言い放った。
「出てこい。出番だ“J”」
そして突如、地面を破壊して現れたのは人類規格外の甲冑巨人。
「ふーっ、やっと楽になったぜ。」
―…うわぁ、異常なまでにデカイ人だ。
不覚ではあったが、も普通に驚いてしまった。
―あんな巨人が今まで地中生活……想像もつかないなー…。
と言っても、その大きさと、登場の仕方についてに対してのみだが。
―そこはさすが雷覇の妹。
多少感覚がずれてしまっていることについては、もはや説明するまでもなく気にしてはいけない。
さて、そんな呑気な感想はさておき…
「審判の卯美ちゃん!逃げなさい!!」
現状として、リングの辺りが非常に危険であることを察したのだろう。
慌てたように風子が叫んだ。
「ダメっ、まだダメぇ!!本戦前の選手の戦闘は、禁じられてるんですぅ!!」
しかし必死に止めようとしている審判の女の子。
そのあまりにも必死な様子に、は素で関心してしまった。
―職務熱心な方なんですねぇ。偉いです。そんな貴女は審判の鏡です。などと。
しかし紅麗もそのことはちゃんと見越していたようだ。
「心配は無用。なにもここで戦うつもりはありません。
決勝がつまらなくなりますからね…。
ただ勝利の祝辞にかえて、愉快な催しを見ていただこうと思ってね……」
その言葉を聞き、はちらりと伺うように紅麗を見た。
この主、実を言うと顔(見た目)ほど派手好きではない。
それは雷覇や音遠も知るところであり、たちが密かに好ましく思う一面でもあった。
ただ時折…他の者とは少々異なる突飛な思考の持ち主らしく、
何の素振りも見せずに突拍子も無いことをやらかしてくれたりする。
一応一通りの動機や筋は通っているので、問題が無いようにも思える。
が、総じてあまりにも他者からの感情というものを省みない傾向があるのだ。
―そしてそれは多分、今回の件も含まれる。
烈火と合間見えることが現実として、十分可能な所までようやくきた。
そのせいで情緒不安定なのか、とにかく相当神経が高ぶっていることは確かだ。
「見せてやれJ…」
「了解――紅麗様…」
巨人こと、J・キーパーに指示が出た。
その声と同時にに指示はないものの、それが合図と言わんばかりに行動を移す。
「―はい、審判の方。ここは危険ですので、ちょっと失礼しますね。」
そう言って、審判の兎美を横抱きに抱え上げた。
「えっ!?きゃぅっ!!」
そしてリングから後ろ向きに、高く跳躍すると、解説席辺りに下りたった。
「ここに居て下さいね?」
有無を言わせず、そこへ審判の卯美をそこに降ろすと、
はすぐにまた紅麗のいるリングへと戻る。
「前へ出ろ。魔元紗―」
紅麗の地を這うような低い声が響く。
名指しで指名された魔元紗といえば、顔色を真っ青にしてそれはそれは可哀相なほどに、
カタカタと震えていた。
と、痺れを切らしたJ・キーパーが魔元紗を乱暴に、まるで人形を持ち上げるように軽々と、
片手で掴み上げた。
「うぎぃぃぃぃっ!」
「紅麗様の命令が聞こえねーのかよ、てめぇ!」
「兄者ぁあ!!」
―あぁ、彼が弟の『餓紗喰』か。
魔元紗を『兄』と呼んだ相手を、どこか遠目で眺めた。
「なっ、なぜ!?紅麗様ぁ!!私が負けたからですかァ!!?」
―白々しい……。
は小さく溜め息をついた。
「紅麗様!!確かにオレ達は負けた!だが、それは兄者だけの責任じゃねえっ!!
制裁を加えるなら、オレにもやってもらいたい!!」
「…単純に敗北を責めているわけではないんだよ。そう、もっと重要な事だ――」
―……魔元紗には本当、過ぎた弟、ですね。
は微かに目を伏せた。
「―魔元紗、君は私に隠し事をしていたね?」
その言葉を証明するように、魔元紗の表情が大いに引きつった。
さらにその事実を裏付けるための存在として、はゆっくりと紅麗より数歩前に出た。
「先程はどうも。魔元紗殿…」
仮面の下で、は自分でも驚くほど冷徹に笑っていた。
「君は一度、この舞台から消えたな?答えてもらおうか…どこへ行った?」
魔元紗の顔は青くなる一方だが、しどろもどろになりながらも口を開く。
「お言葉の意味が…私はここより一歩も…」
「―出てない、とでも?」
が言葉を遮り、J・キーパーが手に力を込めた。
「ぐぎゃあああああぁああ!!」
「私も見くびられたものだな……裏麗、貴様が父の回し者だった事に、
気付かなかったと思われていたとはね。」
目の前に証人が居るにも関わらず、そう言った魔元紗にもほとほと呆れるが、
がそれを報告する前に紅麗が気付いていたのは本当である。
「今一度弁解の猶予を!!確かにそれは森様の命!!
しかし…私は紅麗様の手をわずらわせまいとあの少女を狙ったまで!!」
「五月蠅い。コケにするなよ…貴様ごときに彼女を奪われてたまるか!それは私の役目…」
「紅麗様を謀った事を恥じ…懺悔し…、そして死を持って償いなさい。
さようなら、愚かな魔元紗―」
もう話す事はない、とばかりには言葉を切った。
最後まで愚かであった魔元紗に、生き延びる道など既にない。
そして無惨にも、J・キーパーの手によって彼の上半身が宙を舞った。
「グッナイ。」
―自ら手を下さなかったとはいえ、殺すことを決定した紅麗の意向に従い、
口にした時点で……
私は殺人の共犯者。
Back Menu Next