ACT18:敵・仇なすモノ
Cブロックでの試合を終えたは、音遠への試合報告を兼ねて、
もう一つの準決勝戦、麗(魔)VS火影の試合会場へと向かっていた。
ここに来る少し前。
一緒に会場を後にした雷霸とは、城に用事があるため途中で別れた。
―また単独行動のことで、音遠に小言を言われることは必至である。
―キャァァァ……!!
自動販売機の前を通り過ぎようとしていた頃、突然女性の叫び声が聞こえた。
「……悲鳴?そんな、まさか……」
本当に微かだが、確かに女性の叫び声が聞こえた。
何故だかそれが、には柳の声のように思えてならなかった。
―っどうして……!?
あくまでも感だ。本人かどうかは分からない。
テレビ中継で小金井が引き分けになり、水鏡が柳とともに
小金井の治療のため、リングを離れたのを見た。
―だからこそ思う。彼が付いている限り、危険などあるはずがないのに、と。
それでもは無意識のうちに、声のする方へ駆け出していた。
―昔から、嫌なことに対する感だけは外れたことがなかった。
それが妙な確信へと繋がったのだ。
そしてたどり着いた先。
そこには……ここいるはずがない、予想外の人物が居た。
―魔元紗……!?
現在、試合会場にいるはずのその男が、柳を目の前に差し迫っている。
―柳ちゃん……!!
必死に逃げる惑う柳を見た途端、の中で何かが弾けた。
「―……失せなさい」
一瞬のうちに柳と魔元紗の間に割り込むと、は魔元紗の横顔に刀を突き付けた。
「おや、あなたは……」
「お初にお目にかかります、魔元紗殿。
……といっても、私はあなたに名乗る名など持ち合わせてはいませんけど。」
お互いにその表情は読めない。
被り物を付けているため当たり前といえばそうなのだが、
しかしは魔元紗に隠すことなく、むしろあからさまな敵意を向けた。
「それはそれは。あなたはミス音遠と一緒にいるところを何度か見掛けたことがありますよ。
確か『時』といいましたか……?」
はそれに答えなかった。
「治癒の少女に一体何の用です?
そもそも、今、試合会場にいるはずのあなたが……何故ここにいるんですか?」
「それこそ、貴方には関係ないことですよ。」
と魔元紗、お互い一歩も引かない。
「―そんなに死にたいんですか?手元が狂っても知りませんよ……」
の怒りが沸点を超えそうになる。
「何を勘違いしているのやら…。
たかだか予備軍の者が私に敵うとでも?
貴方こそ、怪我をしたくなければそこを退いてください。」
―その言葉に、は妙な認識のズレを感じた。
確かには『予備軍』に所属している。
いや、していたと言う方が正しい。
しかし……
―この人は知らないのだろう。
は一人納得した。
先の試合、ははじめてリングへと上がり、周囲にその実力を知らしめたばかり。
最近入隊した新参者、しかも試合を見ていない魔元紗が、の実力など知るよしもないのだ。
「……一体、誰の命令やら。
まぁ考えずとも予想はつきますが…」
ポツリと呟くと、背後の柳へ視線を送った。
「―ようやく、貴方の騎士様がいらっしゃったようですよ。」
は刀を下ろすと…―トンッ、と軽く跳躍し、その場から距離をとった。
次の瞬間、魔元紗の背後を火の玉が強襲する。
「―姫っ!!」
「っ烈火君…!!」
そこに現れたのは紛れもなく火影の花菱烈火。
柳は張り詰めていたものが緩んだのか、その目から涙を零した。
―柳ちゃん……。
「下がってな、姫!
魔元紗…なんで土門と戦ってるはずのお前がここにいるのか、
なんで姫を狙うのか……わかんねぇことはあるけどな…。
とりあえずは関係ねぇよ!
問題は姫を泣かしたってことだけだ。てめー潰す。」
辺りに漂う空気が、一気に殺気を含んだモノへと変わる。
「…できますかね、その毒の回った体で…。
それでなくとも私は不死身なのですよ、ミスター烈火。」
―毒、か。
は仮面の下で表情を険しくした。
しかしそんなこと、問題ではないとばかりに、烈火は魔元紗へと攻撃を仕掛ける。
火竜の一つである砕羽が魔元紗を切り付けるが、全く効いている様子はない。
視覚では捕らえられない存在なのか、攻撃が『本体』に当たっていないのだ。
―しかし、魔元紗が不死身である可能性は……この一件からいって、まずないだろう、
ということがにはわかっていた。
彼がもし不死身であったならば、これほどまでに森が柳を必要とするはずがないからだ。
つまり、魔元紗に攻撃が効いていない理由はあと別にある。
―魔導具による攻撃無効、または回避だ。
「魔導具は決して完璧じゃない。必ず弱点があるはず。」
動きのあまり良いとは言えない烈火を見守りつつ、は魔元紗を分析する。
―麗に所属こそしているものの、何を考えているかわからない人物。
それが魔元紗にも当てはまる。
そしてその裏には『裏麗』の名がチラついていた。
―紅麗様に仇なすならば、容赦はしない。
現在、が麗で信じられるのは、磁生を欠いた今、雷覇と音遠の二人のみ。
あとは私怨さえ除けば戒くらいなもの。
事実、紅麗個人の味方は現状から言えば、とても少ないと言っていい。
―最近、十神衆の一員となった『J』という人物。
その正体こそよくわからないが、紅麗は雷覇たちとはまた別の信頼を寄せているようだった。
―私は未だ会ったことはないんだけどね……。
今のこの状況は、紅麗にとって圧倒的に不利。
彼が信用できる人物であることを願った。
―…私一人の力なんて限られている。
だからこそ一人でも多く、かの人を守れる力が欲しい。
が物思いに耽っていると、その間に常時劣勢だった烈火が新たに動いた。
「こっちにはまだ秘策が残ってんだゴミ野郎。」
強気な言葉と共に出てきたのは新しい火竜ではなく…
―同時火竜……!?
それを今までの試合で見せたことはもちろん、一度たりともない。
一瞬、砕羽のみを出現させ、失敗かと思わせた。
しかし焔群のムチとの合わせ技により鎖鎌状の炎が形成される。
―どうやらそれもぶっつけ本番だったらしい。
自らもリスクを背負った博打のような行動。
絶対に柳を守ると誓った烈火の覚悟が確かに伝ってきた。
「……花菱君。」
―柳ちゃんは花菱君に任せて正解、だったね。
は仮面の下で、小さく微笑んだ。
一方、烈火の攻撃をくらった魔元紗は、奇妙なほどおとなしい。
―そう、それはまるで別人のよう…。
それにはハッとした。
意気揚々と近寄る烈火が魔元紗の仮面を剥ぐ。
―…やっぱり別人か!
自ずと眉間に皺が寄った。
アレだけ強い存在感が、一瞬にして消え失せた際に気付くべきだったのだ。
は小さく舌打ちする。
と、それが聞こえてしまったらしい。
烈火が勢いよくこちらを振り返った。
「―っテメェあの時の狐野郎!!こいつの仲間だな!?」
今にも襲いかかって来そうな勢いである。
しかし、はどこか他人ごとのように構えていた。
「仲間……誰が?」
は己の失策も合いあまって、気分を害した。
すると、柳が慌てたように仲裁に入った。
「ま、待って烈火君!この人、私が襲われてるとき助けてくれたの!」
「は……?」
思いも寄らなかったのだろう。柳の言葉に烈火が一瞬呆けた。
「……不可抗力ですよ。
たまたま居合わせただけですが、魔元紗の行為があまりにも不愉快だった。
それだけです。
別にあなたを助けようとして動いたわけじゃない。」
「そ、それでも…!
私とあの人の間に割って入ってくれました!
烈火君が来るまで、庇ってくれたのは事実です。」
何故か真剣に語る柳に、は内心苦笑する。
―本当に、変わっていない。
「……脳天気な子、ですね。」
「な……!?」
「個人的には嫌いじゃない、ですよ。あなたのこと……
…ただ私の行動はすべては紅麗様のために。意義はそれだけで十分です。
それでは失礼しますね……」
長居は無用、とは足早にその場を去った。
「変な奴……」
その背を眺めながら、ポツリと、烈火は呟いていた。
そこは人気の無い通路。
―何故あんなことを言ってしまったのか。
は小さく溜め息をついた。
「……ともかく。
紅麗様がこのことを承知しているとは思えないですし…」
気を取り直したは、顔を上げた。
当然、その言葉を聞く者など周りにはいない。
の向かう先はただ一つ。
―紅麗の元へ……
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