ACT17:比較と選択






―兄さん……。



はリングから降りてきた雷霸を、ただ静かに迎えた。



「……そういうことですので、すみません。」



雷霸が頭に手を当て、ヘラヘラと笑いながら謝った。


その様子に、は深く溜息をつきながらもコクリと一つだけ頷く。



「……怪我は?」


「へっ?あ、これですか。かすり傷なので大丈夫です!」



そう言う雷霸を余所に、はどこからか包帯を取り出すと、手際よく肩にくるくると巻いた。



「消毒はあとで、ね。」


「ありがとうございます。」



雷霸は嬉しそうに自分の肩を触った。

と、そこにおずおずとした声が耳に入る。



「―ええっと、次の試合はじめてもよろしいでしょうか…?」



するとキョトンとした表情で、雷霸が審判の牛乃を見た。



「次の試合、ですか?」


「……兄さん、私の存在、忘れてたでしょう?」



ハッとしたように雷霸がの方を振り返った。



「あの、ええっと、……棄権は…?」


「するわけないでしょう。」


っ!?」



偽名のことを忘れるほど焦る雷霸に、は仮面の下で満面の笑みを浮かべた。



「――紅麗様。麗(雷)が負けを宣言するとして、その後……魔導具はどうするんですか?」



ゆっくりと紅麗の方を見据えて、は言った。



「麗の一員だからといって、無効になるわけじゃないですよね?」


「景品……か」



紅麗がぽつりと口にする。



「えぇ。紅麗様がいらないと言えば、確かにそれでお終いでしょう。

 しかし、それでは他の参加者たちに示しがつきません。

 条件は平等、そうですよね?

 そのせいで、私たちの覚悟がその程度のもの、と侮られるのは不快です。」


「………」


「そこで、一つ余興をいたしませんか。」


「余興…とな…?」



紅麗が様子を窺うようにを見た。



「条件は、私がこの場で呪に勝つこと。それで無効にして頂きたいのです。」



お互い仮面越しではあるが、の視線も真っ直ぐに紅麗の目を捕らえていた。



「―そして、空いた十神衆の枠へ私が入ることを、お許し願いたく存じます。」



その言葉に、麗(紅)の十神衆を含めた周囲の観客はざわめいた。



「こちらの負けは、大将である雷霸の意思により決定事項。

 それに逆らうつもりはありません。

 が、私は納得をしたわけではないのです。

 強き者が十神衆になるは道理。

 私の実力がそれに足るか――


 その目で見極めて下さいませ紅麗様。」



「なっ…!急に何を言い出すんです!!」



呆然としていた雷霸が、慌てたように口を開いた。



「ご承諾頂けますか?」



もちろんは聞く耳を持たない。



「――くっ、お前も随分と大きく出たものだな。面白い……よかろう。やれ」


「っ紅麗様!」



珍しくも、雷霸が焦ったように声を上げた。


仮にもは予備軍の身。


普通に考えれば勝てるはずもないが、だけは違う。



―そう、兄さんの考えなど、始めからわかっていた。



今まで私が歩いて来たのは、私が傷つくことのない一番安全な道。



「……これは、急に思い付いたことなんかじゃないの。

 前からずっと考えていて――『私はこのままでいいのだろうか』って自分に問い続けてきたの。


 もう、覚悟を決めたつもりだった。

 けれど、私はずっと守られていて、前と何も変わっていなかった。

 まだ、火影のメンバーを殺す覚悟は決められないけど……

 紅麗様の、紅様の忍になることを誓ったの。


 だから……もう、甘やかさないで?私は決めたから。これが最後――」



「……、どうして」



それは、二人にしか聞こえない程度の声での会話。


リングに上がるは一人呟くように言った。



「……『大切だから』それはお互い様だよ。私だって守りたい。

 傷つくのを黙って見てる事なんてできない。

 磁生さんを失ってからやっと気付いたの……ヒドいよね。


 そう、本当は遅過ぎたぐらい。


 だからせめて、紅麗様を……兄さんと音遠を、私にも、守らせて?」



―私を一人、置いて行かないで。



「『呪』の正体は知ってるわ。だから大丈夫!」



後ろにいる雷霸を振り返っては笑った。

それは仮面で見えなくても、雷霸にはちゃんと伝わっているはずだ。



「勝って、二人と同じ舞台に立ってみせる。」



―例え、最初で最後にできた大切な友人を失うことになっても。



本当は『比べることなんてできない』


思い出すのは妹のように可愛いかった柳ちゃん……。

ほとんど一目ぼれと言ってもいい、好きになってしまった彼。



―なら、どうする?



『絶対に選ばなくてはならない』



―けれど私にとって、比べることと選ぶことは、似ているようで違う。



紅麗様と二人を比べて、同じくらい『好き』であっても、

私は選ぶべき答えを最初から持っているのだ。



『――私の一生を賭けてお仕えすいたします、紅麗様。』



それは兄さんと共に誓った絶対の忠誠、血への贖罪。

その言葉に偽りなどあってはならない。



「――お相手願えますか呪?」



は仮面の下で冷ややかに笑った。


























「――…勝者、麗(雷)『時』!」



そして勝敗は、あっという間に決まった。


見ていた観客が言葉を無くすほど、あまりにも呆気なく、一瞬のうちに終わってしまった。



「……所詮は魔導具、呆気ないですね。」



はポツリと呟いた。



―静まり返る観客は、一体何が起こったのか分からなかった。



の魔導具の能力を知っているのは、この場には紅麗と雷霸くらいのもの。



―そう、観客は見えなかったのだ。



戦闘開始の合図とともに交差したと呪。

決着がついたのはその一瞬。



擦れ違い様の攻防は先ほどの雷霸を思わせた。



しかしそれは似ているようで違った。

呪の頭部に、目に見えづらい半透明の鋼糸を巻き付け、完全に擦れ違った後、

いとも簡単に破壊したのだ。



―そう、速さだけで言えばは、雷霸をも上回る。



ついこの間まで予備軍だった者が、それほどの実力をもっているなど誰が予想しただろうか。



―……居るわけがない。



雷霸の妹であるという事実でさえ、と親しい極一部の人々しか知らないのだから。



―あの呪が一瞬にして負け地に伏せっているなど……。



観客はもちろん我が目を疑った。

その遺体に頭部はない。

しかし血さえ流れてはいない。



―それはいろいろな意味で異様な光景だった。



……そこにはただ、粉々に破壊された頭蓋骨と『魔導具』であった呪が散らばっているのみ。



「……そう、魔導具だからこそ、気付かなかった。」



それこそが敗因。

糸が風を切る感覚、皮膚についた裂傷……そして私の能力。


事前知識がなかったことは仕方がないが、呪が感覚を持たなかったことが致命的だ。

そういう意味では、呪にとって最も相性の悪い相手だったといえるだろう。



「それでは紅麗様、また後ほど……」



深々と頭を下げ、は雷霸と共にこの場を後にした。



「え……、えと、勝者・時!

 しかし麗(雷)試合放棄のため、決勝は麗(紅)が進出です!」



後ろで牛乃がそう宣言した。









―彼が失ったモノの代償はあまりにも大きかった。



―だから、罪深き私はこれからも、大切なモノを失い続けるのだろう。



―でもこれからは自分で決めた事。後悔はしない。

 私は苦しくとも、一生その罪を背負っていく覚悟を決めた。



―私は、私のために、彼のために、彼女のために、あなたの運命を突き放します。



 『赦して』とは言わない。



 『ごめんなさい』




―私は、あなたを選べない。
















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