―磁生が負けた。





ACT15:思い出とともに





いつも通りにCブロックの試合を終え、雷霸との二人は先に城へと戻っていた。


何をするわけではなく、ただ茫然と皆の帰りを待って。



そこへ……



顔色を蒼白にさせた音遠が、二人の元へと駆け込んで来た。



「―っ、……!!」



力強くを抱き締める音遠の様子は尋常ではない。


抱き締められるも、ただどうしていいかわからず、おろおろとするばかりだった。



そしてその直後……


―『磁生の死』


それが音遠の口から、改めて告げられた。



は、どうしても信じられなかった。

自分たちの試合が終わって、トーナメント表を見てみれば――

磁生率いる麗(鉄)が負けていた。



勝ったのは麗(魔)という、同じ麗の中でも聞いたことのないチームだった。

負けた理由が知りたくて、磁生たちが帰って来るのをただひたすら待っていた。



―でも……誰も、帰っては来ることはなかった。


―どうして、なのだろう……



誰も失いたくなどなかったのに。

せっかく音遠が助かった。けれど、磁生が死んでしまった。



―ねぇ、どうして?

 一時でも、欲張った私がいけなかったのですか?

 誰が欠けても、ダメだった。なのに……。



―私の中で、何かが一つ欠けて、死んでしまった。



今更後悔しても、もう戻ることなどない大切なヒト。


心配する雷霸や音遠を何とか言いくるめて、は一人ある場所へと向かった。

















―死体安置所……



そこは磁生が眠る場所。


他の参加者とは別に、城の地下にある薄暗い部屋。



彼がどのようにして殺されたのか、音遠から詳しい話を聞いたが、

実際にこの目で見たわけではない。



―聞いてすぐ、その現実を受け入れられるほど、人間は単純に出来てはいないのだ。



殺した相手は『魔元紗』という麗(魔)の大将。


磁生を殺すことで、丁度二人分の十神衆枠を空け、

餓紗喰という弟と新たな十神衆を名乗るつもりらしい。



―磁生さん……。



貴方は、そんな私利私欲のためだけに殺されて良い人ではなかった。



紅麗の直属の部下とはいえ、十神衆全員が紅麗に対し忠誠を誓っているわけではない。

それは亡き幻獣朗しかり……。



―魔元紗もおそらく、そういうそういう手合の一人に違いないだろう。



そんな十神衆の中でも、絶対の忠誠を紅麗に誓い信頼も厚かった磁生は、

とても貴重な存在であったと言える。


だからこそ、もすぐに彼が好きになった。


会えば喧嘩ばかりしていた音遠も、口では色々と言っていたけれど、

本当は心から彼を認めていた。



―それこそ、絶対の忠誠と信頼を……数少ない同志として。



「それと引き換え、私は……」



彼に、何もしてあげることが出来なかった。



「ごめんなさい……」



暖かい目差しで、ずっと見守ってくれた優しい人。

大きな手でいつも優しく頭を撫でてくれた、とても大きな人。



「ありがとう……」



―ずっと…ずっと……



「大好きです……」



は隣りに座り込んで、磁生の顔を眺めていた。

涙がとめどもなく溢れ、服の袖を濡らした。

身体は悲惨な状態で、本当ならばとても見れたものではないのだが……



―それでもここにいるのは磁生だから。



それだけで、見ていることはにとって全く苦ではなかった。


















―そして…



いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


小さな物音が聞こえ、は跳び起きた。



「あれ…?何で…私……」



寝起きのためか、少々頭が混乱していた。

ここがどこだか思い出し、慌てて周りを見渡した。



すると、視界に紅い布が飛び込んで来た。



否、それを布というのはおかしい。なぜならそれは……



「く、くっ…紅麗…様……!?」



あまりの驚きに声がどもった。



「……起きたのか。こんな所で寝れるとは、相当な神経をしているようだな。」



呆れるような紅麗の声に、は恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのがわかった。



―そう、先程の紅い布の正体は言わずもがな、紅麗の服である。



「あ、いえっ!その……」


「何だ?」


「磁生さんの、顔を見ていると…なんだか安心してしまって……」


「『安心』?」



緊張し過ぎてあたふたするに、紅麗が言葉を返す。



「……あのっ、えっと、別に…変な意味ではないんですよ?

 死んでしまって…いるのに、おかしな話ですけど……

 磁生さんが『ココに居る』気がするんです。」



「『ココに居る』か…」



復唱すると、紅麗が磁生を見下ろした。


そのときにふと、は紅麗が仮面をつけていないことに気付いた。



―あの洋館での再会以来、久しぶりに見る素顔であった。



前よりも近くに居るせいか、は懐かしさを感じるとともに、安心感と哀しさが少し、

その心の内を揺らしていた。



―紅麗様……



実に4年振りの会話。

色々と有り過ぎて、なにを話せばいいのか、全くわからなかった。



しかし、は無意識に口を開いていた。



「磁生さんは、紅麗様を待っていたんでしょうか……?」



少し腫れた目で、は磁生の顔を覗き込んだ。



「『待つ』……私を、か?」



紅麗がまたに尋ねた。



「…え?あ、私、口に出してましたか?」



頷く紅麗に、はまた顔が紅くなった。



―何故か変な所ばかり見られている気がする……



「えっと……はい。音遠が言ってました。


 『磁生は『無念』だった。もっと紅麗様にお仕えしたかった、と言っていた』と……」



―それが、磁生の最後の言葉……。



長い沈黙が二人を包むが、先にそれを破ったのは紅麗だった。



「磁生は……死してなお、私と共に歩んでくれるだろうか。」



紅麗がポツリ、と呟くように言った。


その言葉には胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。



―紅麗様は、変わられてなど、いない。



は心から強くそれを確信をした。



「勿論です……!」



力一杯頷き、紅麗へと笑い返した。



「―我と共に歩もうぞ……『磁生』」



―紅麗様がこんな時間に人知れずやってきた理由……



その理由を知ったは、自分がここにいても良いものかと、ちらりと紅麗に視線を送った。


そんなに、気付いてくれたらしい。


少し下がるようにとだけ言うと、に背を向け磁生と向き合った。



そして、紅麗の背から炎の羽が現れたかと思うと、紅が現れる。



「紅様……」



がそう呟いたのが聞こえたかのように、紅が一度こちらを振り向いた。



―紅が、笑ってくれたように、には見えた。



そして、勢いよく燃え上がりはじめた炎は磁生を包みこんだ。


炎の化身として、再び立ち上がる姿を見ながら、は再び泣いた。



「磁、生…さんっ……」



つと、近寄って抱き付こうとするを紅麗が引き止める。



「やめておけ。火傷では済まない……」



手首を握る紅麗の手は、思いの他力強く、をその場につなぎ止めた。



「でも……」


「『雷霸や音遠、磁生の悲しむ顔は見たくない』のだろう……?」



―それは昔、紅麗に言った言葉。その続きは…



『あのね、紅麗様。

 私、紅麗様と紅様が大好きだよ!

 もちろん兄さんも、音遠も、磁生さんも、みんな好き!


 だから大きくなっても、みんなと一緒に笑ってたいな。』






―幼き日の思い出は、あまりにも眩しかった。













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