ACT14:ヒトは恋する






外がすっかり暗くなった頃…



は音遠と二人食事をしつつ、見れなかった火影戦の試合内容を、こと細かに聞いていた。



結果は麗(幻)の負け。



音遠が幻獣朗に制裁を下したと言う。



―元々何か企んでいることは薄々気付いていたけれど……。



紅麗に関することで、幻獣朗は音遠の琴線に触れてしまったのだろう。


何を言ったのかまでは、話してはくれなかったが、

その内容を察することはできた。



















食事も一通り済んだあと。



「はぁ……」



は小さな溜息をついた。



「……どうかしたの?」



お茶のカップを片手に、音遠が不思議そうに聞いた。



「あ…えっ、何でもないよ?」


「…本当に?」


「……うん。」



目を逸らしながら答える


逆にそれを音遠は訝しがった。



「ふぅーん…、好きな人でもできたのかと思ったんだけどねェ?」


「ブッ!…なっなに…何をいきなり!!」


「あら…やだ、図星?」



は何とも言えず、口をパクパクさせてしまった。


音遠は冗談のつもりで言った言葉だったが、偶然にも的を射ていたらしい。

面白い玩具を見つけたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべた。



一方はというと……



幻獣朗の話題から、(幻)戦の試合内容を思い出していたのは確かだ。

別に意として特定人物を思い浮かべていたわけでは、断じて無いはず、だった。



興味深々という表情の音遠を尻目に、は気まずそうに下を向く。



「一体誰よ?麗のメンバー……なわけはないわよねぇ。まともな奴がいない。

 紅麗様に対してはアンタそういうんじゃ無いし。なに、大会出場者?」


「いや、その……」


「行動するときは、ほとんど私たちの誰かが一緒だしねぇ……

 一目ぼれだったり?あぁ、そういえばって意外と面食いよね。

 じゃぁやっぱり顔のイイ男か…」


「えっ!?ちょっと音遠が何でそんなこと……!」


「何年来の付き合いだと思ってるのよ?フ、フ、フ……」



着々と範囲狭めて行く音遠に、ヤバイ…とは冷や汗を流した。



「弱い男は却下でしょう。やっぱりある程度接触のある相手じゃないとねぇ……

 他のブロックはあんまり知らないから、何とも言えないけど、

 ねぇ、。念のために聞くけど、火影のメンバーだったりするの?」


「――っ!!知らない!!」



は自分の耳を両手で塞いだ。

まるではじめから知っていたのではないかと言わんばかりに、

ピンポイントで当ててくる音遠が怖かった。



「そう。じゃぁ、水鏡凍季也で決定ね。そいつしか考えられないわ。

 今までの二試合、そいつの試合だけは最初から最後までちゃんと見てたしね。」


「音遠……」



―絶対に知られたくなかったのに。



それは彼女の次の対戦相手の一人であり、彼女の敬愛する紅麗の敵だから。



「―っ誰にも、言わないで…!!絶対に、忘れるからっ、だか、ら……」



それ以上、言葉が続かない。



―軽蔑されたくない。

―失望されたくない。



失う恐怖がを襲った。



火影は紅麗の、つまり麗の敵。

恋愛感情など持ち込んでいいはずがない。



―それでも、彼を『嫌い』だと言えない自分がいた。



黙り込むに音遠が口を開いた。



、別に怒ったりしないわよ……祝福もしないけどね。

 その代わりといっちゃなんだけど、


 私と賭けをしましょうか。」



真っ直ぐにを見据えてくる音遠の目。

は僅かに体を強張らせた。



「このことは『偶然にも』……私しか知らないわ。


 だから明日、私が勝ったら完全に諦めなさい。

 気持ちはそう簡単に割り切れるものじゃないことはわかってるけど、所詮それまでの男…

 火影には死という必然しか残されない。思うだけ無駄よ。」



音遠の言葉がに突き刺さる。



―そんなこと、はじめからわかっていた。



それでも、無意識に目で追ってしまう自分が居て、どうしていいかわからなかった。

また会うまでに、諦められると思っていたのに。



「…・・・そして負けた場合」



はビクリと肩を揺らした。



「――火影が負けるその日まで……の心は自由、だわ。」


「音遠……?」



あまりにも意外な内容に、は目を見開いた。



、アンタが紅麗様に絶対の忠誠を誓っているのを私は知っているし、

 それを疑ったことはないわ。

 記憶を失ってはいた頃でさえ、アンタの行動や言動から、十分伝わってきたもの。



 あえて言うなら、そうね……

 の“それ”は、私たちのように盲目的なものではない。そう、でしょう?」



「……」



「女、なんだもの……恋したっていいじゃない。恋した相手が敵だったっていう話よ。

 本当ならありえない、って思いっきり反対してやりたいところなんだけど……ね。


 応援は無理だけど、許してはあげるわ。


 けどね、。苦しいのはアンタよ。

 冷たい言い方だけど、後悔してからじゃ遅い、ってことはわかっているでしょう?


 だから振り返ることはあっても、引きずらないで。私に言えることはそれだけ。」




何と言っていいかわからないけれど、音遠の気持ちが嬉しかった。

使いまわされた言葉でも、やっぱりこれが一番しっくりきた。




「ありがとう……」


「お礼を言われてもねぇ……私、負ける気なんて毛頭無いわよ?」




けれど、勝っても、負けても、音遠はを見捨てはしない。


拒絶されることを恐れていたにとっては、それだけで十分だった。





―ただこのとき、音遠がある覚悟を決めていたことを、は知らなかった。

























そして翌日の試合…



麗(音)VS火影



一戦目は、亜希と土門の試合だった。



最初は亜希が言霊で圧倒。


土門は手も足も出なかったが、風子の一声によりその精神力の強さを見せつけ、勝利を治めた。



…そして二戦目。

音遠と魅希の挑発にのった烈火と水鏡は、ダブルバウトで戦うこととなった。



この会場に現れたときから険悪な雰囲気であった二人は、

リングの上でもその動きはバラバラ。


それこそ音遠の思う壷だった。



―柳ちゃん……。



この二人が負ければ、柳はあの森光蘭のモノとなってしまう。

険悪になった原因がどうあれ、人を一人の一生を賭けているのだ。



―本当は個人の感情で左右していいものなどではない。



それが許されてはいけないはずなのに。



―ねぇ、二人は此処に何しに来たの?



音遠や姉妹兵士の二人が傷つくことはもちろん嫌だけれど、

音遠とのの賭けを抜きにしても、火影にこんなところで負けて欲しくはないのだ。



―『裏切り者』の私が言う言葉ではないけれど。



音遠が狂詩曲で二人をリング外へと吹っ飛ばした。

同時にリングが破壊され、その巨大な破片が二人を襲う。



「終わった…の?」



は小さく息を飲んだ。



と、立ち上ぼる煙の中からまず現れたのは、まさかの石島土門。

その形相は厳しく、烈火を見据えていた。

同じく風子が水鏡を見据え、二人がそれぞれ頬を殴って一喝した。



「……変わった。」



その雰囲気が微かだが、確かに変わった。

すると審判の十二支・辰子が手を貸した土門に対し負け1のペナルティを課した。



―それでも……。



この手助けは二人にとって、大きな変化をもたらした。

先ほどまでの動きが嘘のように二人の攻撃は噛み合っていく。



―勝たなければいけない。



その理由も思いも同じなのだ。

お互いにハイタッチを交わす姿は、周囲の人々にわだかまりが無くなったことを印象づけた。



―そして反撃が始まった。



魅希の魔導具・韋駄天のスピードを、攻撃を繰り出す瞬間を読んで烈火が押さえ、

横に回り込んだ水鏡が一撃を入れた。



―もちろん、この短時間で打ち合わせなどしていないだろう。



即興のタッグにもかかわらず、これだけのコンビネーション。



―また一つ、強くなったんだね。



はチクリと胸が痛んだ。



「貴様らぁぁ!!」



音遠の怒声が響き渡る。

その怒りの理由も、音遠が背負うモノも、は知っている。



―それは、とても純粋過ぎるが故に悲しい。

 そして、彼女にまた一つ、私が要らないモノを背負わせてしまった。



「君にはわからないだろう、カリスマ性が!!

 いずれ、お前たちは紅麗様の災いとなる!!

 ここで私がくい止める!これ以上進ませない!!


 それが…『十神衆・音遠』――私の役目だ!!」



―ねぇ…、ねぇ、音遠……。

 あなたが私のことを知っているように、私だって、

 あなたのこと、メイドの頃から見て来たんだよ。



―何時だって紅麗様を一番に考えてあげていたのは、きっと音遠、あなただよね。

 紅様が亡くなったとき、あなたが己の無力さに泣いたこと、知っているよ。


 だから麗を志し、死んでもおかしくなかった茨の道をただひたすら、

 紅麗様のためだけに突き進んでいった。



―兄さんは私の覚悟を音遠と同じだと言ったけれど……。

 それは音遠に失礼だよね。

 だって私はまだこんなに甘っチョロい。



 紅麗様に忠誠を誓いながらも、敵である火影のメンバーを想い、みんなに心配をかけている。



―ねぇ、音遠…。お願いだから……



「死なないで……」



仮面の下で一筋、涙が零れた。



―そして……



「お願い……これ以上、彼を苦しめないで……」



リングの上では、音遠が紅麗を想い涙を流した。



「私の技はあと一つだけある。

 私の命を使い、この会場ごとふきとばすくらい力のある音…」



力の余波が外にもれ、会場のあちこちに落ちる。



「――音遠!!」



が客席を飛び下り、リングへ駆け出そうとする。

しかしそれを一本の腕が力強く引き止めた。



「…ダメですよ、


「に、いさん……」



その腕の主は雷霸だった。



「でも、このままだと音遠が……!」


「ダメです。」


「どうして!!」


「音遠から、頼まれているんです。」


「え……?」



は一瞬、何を言われているのか分からなかった。



―まさかあの言葉、本当は、音遠が自分自身に言いきかせていたの?



「実の妹を同僚から頼まれるのも、おかしな話ですが…。音遠は私に言いました。

をお願い』と。私はその約束を違えるわけにはいきません。」


「そんな……」



は茫然とリングを見た。


亜希と魅希も結界で隔離され、手を出すことが叶わない。



「っ最初から、最初からそのつもりだったの……?」



―そう、音遠は、負けるつもりなどなかったのだ。



が苦しまなくていいように。


自分が恨まれてもいい覚悟と、紅麗のために死んでも倒す覚悟。



「そんなの、やだっ…!」



―大切な者を失う瞬間など、もう見たくないのに。



「誰か……!!」


―止めて…!!



すると次の瞬間、の声に呼応するように、地面から鋭い氷の柱が無数に突き出てきた。


それにより魔導具・不協和音が破壊され、ドームが壊れる心配は無くなったが、

音遠の命が危ないことには変わりない。



「っ……!!」


「―死なせねぇ!!死なせねぇぞ!!!」



それは紛れも無く、敵であるはずの烈火の声だった。



「―っ音遠!!」



―間に合わなかった……。



それは間違いなく突き刺さったとは思った。しかし…



「あ……」



―五匹目の火竜、その能力は結界。



生きている音遠を確認すると、は足下が崩れて座り込みそうになる。



…大丈夫ですか?」



雷霸がそれを支え、仮面で隠れている顔を覗き込んできた。



「よ、かった…良かった……」



雷霸の肩にしがみつき、泣きそうになるのを必死に我慢した。



「はい…良かったですね。」



ポンと頭を撫でられたは、その言葉と手のひらの暖かさに安心した。



「…さて。この後、音遠の元へと行きたいところですが、

 そろそろ私たちの試合が始まってしまいますね。

 はこちらに残っていてもいいですよ……?」



いつものニコニコとした表情で雷霸はを見た。



「ううん…行く、行くよ。

 音遠のところには姉妹兵士の二人がいるし、

 お説教は帰ってからみっちりしてやるんだから!」



そう意気込むに雷霸は苦笑した。



「いつもと立場が逆ですねー」


「たまにはいいでしょ?心配させた罰だよ。」



クスクスと笑いながら返す

そして二人は試合会場へと歩き出した。









―そう、まさかこの日……





また一人、大切な者を失うことになるなど



は思いもしなかった。













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