ACT13:絶対の距離
―第二回戦
勝抜き戦が適応されたこの試合は、小金井がそのまま続闘することとなった。
―しかし、それは結果的に、麗(幻)側の思う壺となる。
対する次鋒は、あの木蓮。
は、彼を直接知っているわけではないが、
柳をさらった一件に深く絡んでいたことを夢で『見た』ので、
火影メンバーが険しい表情をしている理由も、それとなく察してはいた。
―しかしそれでも……
その卑怯さまでは、誰も気付けなかった。
元パートナーのよしみで小金井がその身を引き、背を向けた所を木蓮は躊躇する事なく狙ったのだ。
―人間と魔導具の合成による『人面樹』
それはもはや、人とは思えない姿形だった。
無数の枝で小金井を捕らえると、その身体にジワジワと取り込んでいく。
「なんていう……」
―『人』であることを捨てた姿。
そこまでして求める『強さ』というものが、には分からなくなった。
小金井が負けを認め、審判が勝者をコールするが、
木蓮は小金井を離す様子を一向に見せない。
「…このまま取り込むつもりか」
は眉間に皺を寄せ、木蓮を見据えた。
―……今、助けに行くことはできない。
例えどんなに歯痒くとも、心配であっても。
このまま勝ち進めば、いつか…いや、最終的に彼は、
何がなんでも倒さなければならない相手となって、紅麗の前に現れるだろう。
―そう、小金井 薫は『敵』なのだ。
だからここで死ぬならば、所詮、それまでの存在だったのだ。
はそう思った。……思うしかなかった。
―ヒトはいつでも、取捨選択を求められている。
小金井も、も、紅麗でさえも、例外ではないのだ。
わだかまりは残ったまま二回戦の決着がつき、は電光掲示板を見上げた。
すると、なんと次の対戦カードが入れ替わった。
―凍季也……!
先ほどまで大将のところに名前があったはずだが、一体どういうことだろうか。
不思議に思い、その当人である水鏡を見れば、遠目からでも分かるほどに怒っていた。
表情の方はさほど変わらないのだが、纏う覇気に鬼気迫るものがある。
―変わったね。今は、そんな顔もするんだ……。
は、彼の顔を静かに見つめた。
『仲間を思いやる』など、独りであった少し前の彼からは想像もできなかった。
―花菱君の炎では、薫君ごと灰にしてしまう可能性がある。
だからこそ、凍季也は自ら望んでリングへと上がったんだろうね。
クスリとは笑った。
水鏡は良い意味で花菱の影響を受けているようだ。
はそのことが、何故かとても嬉しかった。
―そして、勝敗は決まった。
木蓮の使用していた魔導具・木霊は、本来、体内に植物を巣くわせ操る能力はあるが、
体そのものを変化する能力は持ち合わせていない。
それが幻獣朗の心霊医術によって、可能となったのだ。
―それが人面樹。
確かに体内に取り込むことによって力を発揮する魔導具はあるが、
それは結果として本来の用途ではない。
一見して、大幅な能力上昇の利点ばかりが目につくが、同時に、それによる弊害も当然あったのだ。
―彼はそれを即座に気付き、利用した。
痛覚のないことを逆手にとった戦法で、見事木蓮の動きを封じ、
その戦闘の中で、小金井の取り込まれている辺りにもちゃんと目星をつけてた。
―冷静に戦況を見極められる彼だからこそ、勝てた一戦だと言える。
腕を斬られた木蓮が運び出されるのを冷ややかな目で見つつ、
火影の側で小金井が無事なことを確認すると、は小さく安堵の息を漏らした。
―こんなところで立ち止まっている暇など、彼らには無い。
真実が知りたいのなら、最後の最後まで、
そう…、紅麗様の元に辿り着くまで、死んではいけない……。
がぼんやりと火影側を眺めていると、ちょうど音遠が帰って来た。
「次鋒も負けちまったんだね。」
電光掲示板を見上げつつ、音遠はの隣りにならんだ。
「うん、反吐が出そうなほど最低な奴だった。
負けて当然、と言えば当然の試合内容だったかも…。」
「へぇ、幻獣朗のところにはまともな奴がいないんだねぇー…」
音遠が呆れたように麗(幻)の方を見た。
「本当、何なんだか……あ、そうだ。
試合の切りもいいし、次、試合だから兄さん探して来るね。」
「……雷霸?」
「試合、別会場だから、待ち合わせにしようって決めたんだけど……
途中からこっちに来て一緒に観戦するって言ってたのに、まだ来てないから。」
その言葉に音遠も微かに目を見開いた。
「あの雷霸に限って、あんたとの約束を忘れてたってことはないだろうしね…。」
「うん、だから一度城まで戻ってみようと思う。」
そう言うに音遠が苦笑した。
「あんたも大概お兄ちゃん子だねぇ…。まぁ兄馬鹿の雷霸には負けるけど」
「うっ…だって、日常においての兄さんほど心配なモノもないじゃない…」
が雷霸をどう思っているか、よくわかる発言である。
「はいはい。さっさと行っといで!」
「行って来まーす。」
そしては会場を離れて、城へと向かった。
―その道中。
前方にそびえるその城は、関係者以外立ち入り禁止のため、
人と擦れ違うことはほとんどない。
しかし、が向かっている道の先……人影がこちらに走って来るではないか。
ここから裏武闘殺陣の会場までは一本道。
何やら向こうの人物は急いでいるようだ。
―兄さん?
と、一瞬は思ったが、それにしては小柄である。
よく目を凝らして見ると、それが誰であるかが分かった。
「―あれは……」
―風子…?
何故こんなところに。
がそう思っているうちに、お互いの距離はどんどん縮まっていく。
向こうもの存在に気付いたようだ。
こちらへ走ってくる動きがどこかぎこちない。
「―あんたは……あの時の」
風子が先に口を開いた。
「火影のメンバーが何故こんなところにいるんです?」
動揺しつつも、表には出さない。
と言っても、覆面なので分からないとは思うが…
わずかだが、威嚇のためには風子に殺気をとばした。
―今、この姿のときに馴れ合うつもりなどない、から。
「――っ!別に何だっていいだろう!」
「おや?試合はどうでもいいんですか?随分と無責任な方ですね。」
「っ!それは……」
口調こそ雷覇のように丁寧ではあるが、言っている内容は天と地ほどの差がある。
それも明らかに挑発を含んだ、敵意のある態度。
「現在は、すでに三試合目。早々に戻るといいでしょう。
戦況が気になって仕方が無いのでしょう?負けていやしないか、と。」
は、淡々とした口調で続けた。
「まぁ、別ブロックの私には関係ありませんが。
それよりも、あなたが何故あちらから来たのか……
そちらの方が気にかかります。
まったく、軽率な行動にも程がありますね、霧沢 風子。
――二度とこの城に近寄らないで下さい。」
―あんな、人でなしの集まる城など……誰が来る価値も無いのだ。
余計なことなど、知る必要もない。
「なっ……!」
「それでは失礼します。」
こちらを未だ警戒している風子を尻目に、は城へと足を向ける。
「何なんだよ、一体……」
その背を見ながら風子がポツリと呟いていた。
―そして……
城の前に着いたは、入口に立っているSPに声をかけた。
「すみませんが、雷霸はこちらに来ましたか?」
「―はい?確かにいらっしゃいました。まだ、城内にいらっしゃるのではないかと……」
「わかりました、ありがとうございます。」
簡単に礼だけ言うと、は城の中へと入った。
城に居るとはわかったが、無駄に広い城内。
―どこにいるのやら…。
1階を当てもなく歩いていると、とある異変に気づいた。
「仕掛けが作動してる?」
侵入者か?と一瞬警戒するものの、しかし。
外から解除された跡がある。
不思議に思い、仕掛け扉の隙間から中を覗き混むと…。
「……兄さん」
床に大の字で転がっている兄を見つけた。
―本当に、何やってるんだこの人。
は溜め息さえ出ない。
「――兄さん起きて」
体を揺さぶるが、起きる様子はない。
―忍びがこんな脳天気な表情で寝てていいのだろうか。
はほとほと呆れるしかない。
「しょうがないか……」
雷霸を放置して試合会場へ向かおうと、立ち上がった。
しかしその足をガシリ、と力強く掴まれた。
「置いて行くなんてヒドいじゃないですかー!そこは起きるまで待つとか…」
「試合に遅れます。
第一、私が入って来た時に気付いたのにも関わらず、
そのまま狸寝入りするような人なんて知りません。」
「…うっ、すみません。が起こしてくれるのがつい、嬉しくて…」
頬に手を当て嬉しそうな表情を浮かべる姿は、まるで恋する乙女のようだ。
絶対に何か間違っている。
「……はいはい、わかりました。早く行かないと不戦敗になるよーっ!」
「了解しました。」
呆れながら急かすと、ニコニコとそれに着いて行く雷霸。
……それは、いつだって変わらない。
―Cブロック・2回戦
麗(雷)VS浮雲
この試合も雷霸が一人で相手を片付けてしまったため、結局が出る幕はなかった。
雷覇が負ける可能性などないことを知っているは、
すでに試合に出ることを半ば諦めている。
―隙あらば出てやろう、とは考えてはいるが。
その試合の後。
雷霸は紅麗とともに出かけるらしく、は城にて別れた。
―そんな二人の向かった先……
それは、紅麗の義母・月乃の元だったと、後には雷覇から聞くことになる。
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