第一話:お姉様来る!





ある晴れた日の午後の渋谷宅。


お茶の間には一人、女性が寛いでいた。



「やっぱり家はいいねぇ…」



紅茶を片手に、しみじみと窓の外を眺めていると、そこに渋谷家の主婦・渋谷美子が現れた。



ちゃん!荷物の搬入終わったみたいよ?」



パタパタと走り回るその姿は、とても三児の母には見えない。



「はーい、今行きます。あ、その前にお母さん、ゆーちゃんは?」



ソファから立ち上がり、美子を振り返った。



「お母さんじゃなくてママでしょちゃん!

 ゆーちゃんなら朝から健ちゃんと一緒に出掛けたわよ?」



―いや、もう20過ぎてママはさすがに…。



と、内心突っ込むも、そこはあえて言わないでおく、母親想い。

それはともかく。

そのあとの言葉に、は一瞬きょとんとなった。



―えーっと…ゆーちゃんのお友達の健ちゃん?



一生懸命有利の交友関係を思い出し、昨年この家で一人の少年に会ったことを思い出した。



「『健ちゃん』ってゆーちゃん曰く『ムラケン君』のことだよね?」



一応、確認のために訊いてみれば、すぐに肯定の返事が返ってきた。



「そうよ。ちゃんも会ったことあるわよね?」


「うん。眼鏡をかけた髪が外跳ねの少年でしょ?

 ゆーちゃんには珍しく知的そうなお友達。」



飲み終えたカップを台所へと持って行き、美子に渡した。



「―あら?誰か帰ってきたわね。」



美子のその言葉に反射的に振り向けば、話題の人物であった有利とムラケンがそこにいた。



「ただいまー、今日はムラケンも一緒…って姉ちゃん!!なんで居るの!?」



有利の派手なリアクションに、逆にが驚いた。



「なんでって…帰って来たから?」


「…あら、そういえばゆーちゃんにちゃんが帰って来ること、言い忘れてたわね。」



さらりと問題発言をする辺りは、さすが美子さんである。



「忘れてたって、お袋……」



それには、有利も呆れるしかないだろう。



「うん…ともかく、おかえり。ただいま。そして健君いらっしゃい。」



少々忘れられていた村田に向って、は小さく手を振って挨拶をした。



「あ、どうもお邪魔してます。お久し振りですお姉さん。」



頭をペコリと下げ、丁寧に挨拶する村田には苦笑した。



でいいよ。別に健君のお姉さんってわけじゃないしね?」



その言葉に村田は一瞬目を丸くした。

―兄弟でここまで違うものなのか、と。

それは二回目に会ったときの態度が、ツンケンしていた勝利とは

全然違うのだから仕方がない。

言っている内容はとても似ているのだが、それの指す意味合いは全く逆である。



「じゃぁさんで。」

「よろしくねー?」



そんな感じでと村田が親交を深め合っていると、

いつの間にやら蚊帳の外になっていた有利が口を開いた。



「あー、お二人さん俺の存在忘れてませんか?」



有利はじと目で二人を見た。



「ん?そんなことないよ。」

「そうそう、渋谷の気にしすぎだって。」



少し有利を構って満足したは、廊下へと続く扉へ足を向けた。



「じゃっ!私は部屋の片付けに向かうから。またね?」



ヒラヒラと扉の隙間から手を振ると、はあっという間に茶の間から姿を消した。



「……お袋、部屋の片付けって?」



有利が不思議そうに美子を見た。



「あら、また言ってなかったかしら?

 ちゃん、今日からまた一緒にうちで暮らすのよ!

 確か、ゆーちゃんの通ってた中学校に赴任することになったみたいでね?

 家からの方が近いからって……!」



うれしそうに話す美子を尻目に、有利は開いた口が塞がらなかった。



「なっな…っそんなこと全く一言も聴いてねぇーよっ!!」



渋谷家に、有利の虚しい叫び声が響き渡った。























―それからしばしの月日が流れたある日…



学校にもだいぶ慣れ、は順調な教員ライフを送っていた。



今は丁度、授業の入っていない空き時間。

とは言っても、やらなければいけないことはたくさんある。

手始めにパソコンを立ち上げようとすると突然、教頭から校長室へ来るようにと呼び出された。



―私、何かやらかしましたか?



引きつりそうになる頬を抑えつつ、はおとなしく席を立った。














「―…私が、ですか?」

「あぁ、君に頼みたい。」



この会話からわかる通り呼び出された理由は、予想とはだいぶかけ離れた内容であった。



なんと、まだ新米といえる教師に、受け持つクラスを増やしてくれとのこと。



―なんでまたこんな時期に?



はとりあえず、不思議そうな表情を浮かべた。



「…その、だね。前任の田中先生が……、学校に、来られなくなったのだよ。」



―…はい?来られなくなった、とはつまり?

 所謂、教師の登校拒否…ってやつですか?なんでまた。



「肉体、精神ともに教壇に立てる状態ではないそうだ。

 そこでその穴を埋めるために、是非!渋谷先生にも協力してもらいたい。」



―何故だろう。妙に気合が入ってないか?



何となく嫌な予感がするが、所詮は新米。拒否権などあるはずがない。



「あ、はい……わかりました。

 では、これからはA組とB組の2クラスを受け持てば良いんですか?」



「あ、あぁ…よろしく頼む。それで、これからが本題なんだが……」


「……?」



―『本題』とはどういう事なのだろうか。先ほどの話以上に重要なことがあるのか?

 嫌な予感が本当に当たりそうだ。



「君に、だね…、その―…ぅ…ぃ―…の顧問を、受け持って、もらいたい。」


「…えぇっと、校長。もう一度おっしゃって頂いてもよろしいですか?」



声が小さ過ぎて、よく聞こえなかった。

先ほどまで普通に話していたのに、突然どうしたのだろうか?


何故か、校長も教頭もかなり挙動不審である。



「―すまない渋谷先生っ!聞き返したくなる気持ちはよくわかる!

 私たちも、君のような有望な人材を差し出すのは大変惜しい!!

 しかしだね!我々も必死なのだよ!」



―全く意味が分かりません。



まるで何かに取り憑かれたように話すその姿は、はっきり言って“異様”としか言い様がない。



「田中先生は頑張った…!!今までで一番長く続いていたんだ!」



―あの、すみません、1ヶ月も経ってませんけど。



「君しかいないのだよ!

 再起不能になっていった先生方のためにも…風紀委員会の顧問を頼む!!」



―自分より年上の、しかも上司に泣き落としされるなんて…。



そんな経験をするとは、思っても見なかった。



「…はい?風紀委員会ですか?あの、顧問って「ありがとう!!これで私達も九死に一生を得た…!」


「早速だが、今から挨拶のために応接室に行ってもらう。くれぐれも粗相のないように!!」


「『応接室』……ですか?」



話の筋からいくと、挨拶とは、風紀委員の生徒との顔合わせだろう。

なのに『応接室』とは……



―本日二度目の、全く意味がわかりません。



―しかも今は授業中である。



「委員長の雲雀君に逆らったが最後だ!細心の注意を払ってくれ!」



その目は真剣そのもの。

訊くタイミングを逃したばかりか、あまりの剣幕につい頷いてしまった。



―すでに顧問は確定らしい。








追い出されるように校長室を出て、はおとなしく応接室へと向かった。














Menu  Next