煌めいて 揺めいて
蒼き夢 舞い放つ
花 燃えゆく
第一夜:兵
―甲斐、武田領。
武田信玄が臣、真田幸村率いる軍は、つい先日戦を終え帰還したばかりであった。
戦後の雑務に追われる家臣たちが、忙しそうに館内を走り回っている。
そのせいか、いつもの騒がしさとはまた違った活気が館に溢れていた。
空は青く澄み渡り、雲はゆっくりと穏やかに流れる。
そう、言うならば今日は外出には最適な日和であった。
―そんな空の下。
前庭のとある一角。
館の慌ただしさとは少々かけ離れた、研ぎ澄まされた雰囲気がその場には漂っていた。
―カタン…という筆を置くような微かな物音を皮切りに、
金属が衝突し合う鈍い音が響き渡った。
「っ……!」
「―せいっ!はぁっ!!」
紅い衣を纏った青年から鋭い槍が繰り出される。
すると槍が大きく風を切り、青年より一回りほど小さい、小柄な影が後ろに回り込んだ。
「はあっ!!」
直槍が青年の脇腹力強く打ち込まれた。
「ぬぅっ…これしき!!」
とっさのことではあったが、体をわずかにいなすことで受ける威力を減らすことができた。
そしてさらに攻撃を繰り出し、相手との間合いを取った。
「―まだまだっ!」
小柄な影…否、青年の持つものよりも華奢な槍を握る相手は女性。
―彼女の名は。
「あ、姉上!この幸村、さっさすがにこれ以上は…!勘弁して下されっ!!」
涙目になりながら頭を下げ、謝り始めた青年…こと真田幸村。
「幸村…。この乱世、いつ何時女子と戦場で相見えるかわかりません。
姉の私とも真面に手合わせできずどうするのです?」
その言葉に幸村はシュンとなった。
それはまるで叱られた犬のように。
耳と尻尾があったならば、きっと重力に従い垂れ下がっていたに違いない。
…そう、言い忘れていたがこの二人。正真正銘血の繋がった姉弟である。
「お館様の天下のため……幸村、覚悟をお決めなさい。」
「…っしかし、某は姉上と刃を交えたくないでござる!」
目をウルウルとさせて見上げてくるその姿は、完全に捨てられそうな子犬そのものだった。
「…っ幸村!そっそのような顔をしても…!」
言葉に詰まったは、フイっと顔を逸らした。
「…っわかりましたからその表情をお止めなさい。」
……不覚にもは幸村を直視出来なかった。
否、昔から幸村のこの顔に弱いのだ。
―っかわいい…!!
幸村が幼かった頃はそれこそ頭を撫でたり、抱き締めたりしていたものの、
現在は姉弟とはいえお互い年頃の男女である。
が9歳、幸村が7歳を過ぎたある日、母からはしたないからお止めなさい。と言われ、
それ以来、じっと眺めていることしかできなくなってしまった。
―そして余談ではあるが……。
いつの間にか弟は「破廉恥」という言葉を覚えていた。
―異性への抗体がない原因の一端は、コレのせいだろう。
と、は随分前から思っていた。
「―姉上!」
幸村の呼び掛けに、はハッとして我に返った。
「…どうかしましたか?」
「姉上!こ、この後、何か御用事は…」
そわそわと落ち着きない様子で、何の脈絡もなく尋ねてきた。
「特にはありませんが?」
「ではっ!某とお茶しませぬか!?」
―みっ…耳と尻尾の幻覚が見えるわ。
今にもはち切れそうなほどに振られた尻尾と、期待と不安に揺れる大きな瞳。
何よりも本人が全くと言っていいほど無自覚なのが痛い。
「…っそうですね。
今日は天気もいいですし、久しぶりに縁側でのんびりするのも良いでしょう。」
少々引きつりながらほほ笑みがそう言うと、幸村の顔が一気にパァっと華やいだ。
「この幸村!今直ぐ準備して参ります!」
勢い良く回れ右をし、今にも走り出そうとしたそのとき…
「あ、居た居た旦那ー!」
飄々とした声が幸村を呼び止めた。
「むっ?」
「あら…」
二人の前に現れたのは武田軍忍隊長の猿飛佐助。
「姫さんも一緒だったのか。ほいっ!頼まれてたみつ豆買って来たぜ?」
「うぬっ!礼を言うぞ佐助。今からちょうど姉上とお茶をする所だったのだ!」
いそいそと佐助の元に駆け寄り、嬉しそうにみつ豆を受け取った。
「佐助も一緒にどうだ?」
すでに頭にはみつ豆のことしか無い…と思いきや、
意表を突いた誘いに佐助もわずかに目を瞬かせた。
「…もしやこのあとに用事があるか?」
「いや、特には無いかな。そうだねぇー、姫さんがお邪魔じゃなければ是非。」
ほんの少しばかり蚊帳の外だったは、その佐助らしい気遣いに苦笑した。
「私は全然構わないわよ?」
幸村が即座にそれに反応し、勢いよく振り返った。
「では某、茶を入れて来る!」
みつ豆を再度佐助に渡すと、幸村は駆け足でその場から離れた。
「あららー、随分と張り切っちゃって。…旦那ったら、相変わらずわかりやすいなぁ」
佐助が縁側に腰を落ち着けながら口を開いた。
「本当に。まぁそこが可愛いのだけれど」
のその言葉に今度は佐助が苦笑した。
「はいはい、姫さんも相変わらず。…あ、そういえばまた見合い断ったんだって?」
「…情報源は父上ね?」
「そりゃぁ、あれだけ行き遅れだって嘆かれれば嫌でも…」
頭を掻きながら、佐助はそのときのことを思い出していた。
「…私はお館様の臣。女としてではなく、一人の将として役に立ちたい。」
―この時代、それはとても難儀なことは百も承知だ。けれど…
「もし、私が嫁ぐとするならば、今はまだその時ではありません。」
空に広がる青を静かに見つめた。
「…俺はさ、姫さん。
あんたに幸せになって欲しいよ、もちろん旦那にもお館様にも。」
その言葉には目を見開かせた。
「何をいきなり…」
「姫さんが好きになる奴は、きっと旦那みたいに『真っ直ぐ』な奴だよ。」
まるで何かを悟っているような物言いに困惑する。
「…それは、佐助の感?」
「そっ!俺様の感。」
佐助の目をジッと見つつ、諦めるように小さく呟いた。
「……私は、私より弱い人に興味はありません。」
「へぇー…それは力?それとも心?」
それは絶妙過ぎるほど鋭く、痛いところを突いてくる。
「―両方、よ……」
その返答に佐助はニヤリと笑った。
「全く男に興味無いわけじゃないんだ?」
「私も一応、女ですから。
…ところで、なんで佐助とこんな話をしなくてはいけないのかしら?」
上手い具合に佐助の誘導尋問に引っ掛かってしまった。
そんな自分に呆れつつ、この話は打ち切られた。
と、遠くからドタドタと足音が聞こえて来た。
「おー速い速い。」
佐助がみていた廊下の先。
「―姉上!お待たせ致しました!」
幸村がお茶の乗ったお盆を片手に戻ってきた。
「ご苦労様。ではお茶にしましょうか」
乱世には不似合いなほどに、和やかな雰囲気がこの場を包んだ。
―あのとき、佐助に言った言葉に偽りなんてなかった。
―でも…自分がこの先、本当に恋をするなんて思ってもみなかった…。
―あのとき言った言葉を……ほんの少しだけ、私は後悔した。
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