【姉ちゃんと彼氏さん】 その2
「――ちょっと出かけてくるね」
はリビングで携帯を弄っている弟の葛馬に声をかけた。
「なに、姉ちゃん今から彼氏とデートかよ?」
「まあ、そんなところ」
その格好がいつもより気合の入っていることに、目敏く気づいたらしい。
姉の彼氏に直接会ったことはないものの、その存在の有無くらいは認識していた。
しかし、こうあからさまに嬉しそうな顔をされるとムッとなる。
「ちぇっ、いいよなぁ大学生は」
「僻まない僻まない。そのうちカズくんにも可愛い彼女ができるって!」
「その根拠は?」
「私の自慢の弟だからよ!」
自信満々にそう切り返され、葛馬は困ったように目を泳がせた。
「自慢の」という部分に照れ臭くなってしまうのは仕方ないだろう。
何せ自他共に認めるシスコンだ。嬉しくないわけがない。
「何だよそれ……まあいいや。
それより彼氏、どうせ外に待たせてんだろ?早く行ってやれよ姉ちゃん」
「了解。それじゃあ行ってきます!戸締まりよろしくね」
「はいはい。いってらー」
不貞腐れた顔をしながらもヒラヒラと手を振る葛馬に笑みを零しつつ、はリビングを後にした。
そして玄関に揃えて置かれたお気に入りのパンプスを履き、軽やかに外へ出る。
自宅前、正面に乗り付けられた赤い車を見つけると、運転席に向け軽く手を振る。
「お待たせ」
そのまま車の助手席に身体を滑り込ませ、慣れた手つきでシートベルトを装着した。
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。また弟君で遊んでたのかい?」
「人聞きが悪いわねー。可愛いがってたの間違いよ」
「相変わらず仲がいいんだね。少し妬けるよ」
「その弟君は“彼氏さん”に妬いてたみたいよ?」
「全く君は……」
――男心を弄ぶのは感心しないな。
スピット・ファイアは深く息を吐いて見せると、ゆっくり車を発進させた。
「――で、大切な話って?」
「……唐突だね。前フリくらい置かせてくれてもいいだろう?」
「先のばしにしてもいいことないじゃない」
「そう、なんだけどさ」
なかなか話そうとしない様子から、は表情を曇らせた。
「……そんなに悪い話なの?」
「どっちにもとれるよ。――新たな風が、動きはじめた。」
「『風』が……?」
「暴風族の中じゃ、まだそれほど広まってないけどね。スカルが潰されたよ」
ハンドルを切るスピット・ファイアの横で、は次の言葉を躊躇った。
「空、じゃ……ないのよね?」
「違う。“眠りの森”が手助けしていたらしいから」
その言葉に幾分か安堵した表情を浮かべるが、すぐさま真剣なものへと切り替えた。
「そう。どちらにしろ、確認しておく必要があるわね」
「君、自ら動くのかい?」
「私が動くのは貴方とアイツと……あの子が関わってるときだけよ」
「それじゃぁ――」
「だからこそ、アイツが動く可能性のあることを静観はできない」
力強い眼差しは、その先にある何かを見据えていた。
「そう……でも、そうだね。僕も道を走る一人の王として見ておく必要がある。
近々、夜の散歩に行こうと思っててね。君も一緒にどうだい、?」
「スピ……あなたまだ何か隠してるわね?まあいいわ、久々だし乗ってあげる」
「フフッ、良かった。楽しみだな」
「ちょっと。そんな素直に喜ばれると勘繰れないじゃないの」
「それは当日までの楽しみだからね。君も当日まで素直に楽しみにしていてくれると嬉しいな」
「私がその笑顔に弱いって知っててやってるでしょう?」
「さてね?」
「スピの馬鹿」
そんな他愛もない会話を楽しみつつ、車は緩やかに月下の闇夜を駆け抜けていった。
蛇足
スピット・ファイア宅にて
「、これから少し酔い醒ましも兼ねて、夜の散歩に行かないかい?」
「ええ?そんなに酔いが回ってないとはいえ、お酒入った状態で走るの?
それに今日はスカートだし……危なくて私は無理よ」
「わかってるさ。だからこうして――」
「ちょっ!スピ!!」
静止の声も虚しく、はその両腕に軽々と抱え上げられた。
「たまにはこういうのも良いだろ?」
「良くないわよ!重たいんだから降ろしなさい!」
「このくらいなら全く問題ないよ。――さあ、行こうか」
「問題大有りよ!人の話を聞きなさいっ!」
――ああ、悲しいかな。
男女の力の差は歴然としており、アルコールを含んでいることも合い余って
精一杯の抵抗はなんの意味もなさなかった。
ご機嫌のスピット・ファイアはを膝に抱えたまま、慣れた手つきでA・Tを装着すると、
自宅のベランダへと足を掛けた。
「ね、ねぇ?ま、まさかここから降りるんじゃ……」
「いつものことだろう?」
「自分で降りるのと他人に抱えられて降りるのとじゃ、全然違うでしょう!?」
「おや、まさか怖いのかい?」
「…………」
その問いかけに、はあからさまに視線を逸らした。
「へぇ……長い付き合いだけど、知らなかったな」
意外な事実に対し驚きを素直に口したスピット・ファイアだったが、
にっこりと微笑むその顔は何かを企んでいる顔だった。
「うっ……ねえ、やめよう?」
「うーん。そうやって上目遣いでおねだりする君も可愛いけど、
恐怖で怯える君もさぞや可愛いだろうね?」
「っ、へ、変態……!!」
「さあ、行こうか」
「いやぁぁぁーーーっ!!!!」
所謂お姫様抱っこをされたは、近所迷惑も顧みず叫び声を上げるが、
それもあっという間に街の騒音の中へ融けていった。
そして二人の姿も夜の闇の中へ颯爽と消えていった。
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