Imitation-Girl
――早朝
制服をきっちりと着込んで登校するが、学校の校門付近まで来ても人影はほとんど見られない。
それもそうだろう。何故なら一般の生徒が登校してくるのはまだもう少し後の時間帯。
部活の朝練をするためにエナメルバックを抱えて歩く生徒が疎らに見られればよい程度だ。
校門をくぐると真っ直ぐに校舎へ向かって歩みを進める。
が、グラウンドに視線を向けるとそこに見知った姿があった。
ピタリと動きを止めると素早くそちらへ方向転換をし、足早に近寄っていく。
――躊躇することはなかった。
何故なら、こんなに朝早く登校したのは“彼ら”と話をするためだったから。
「――相変わらず仲が良いのね、お二人さん?」
「!」
「?」
親しげに話しかけると、グランドで座り込んでいた二人は同時に背後を振り返った。
ジャージに身を包んでいる二人と違い、学校指定のセーラー服を着ていたので、
このグラウンドという場所柄少し浮いて見えたかもしれなかった。
「おはよ。喜晴はいいとして、神谷はお久しぶりだね」
二人のうち一方を放置し、もう一方の人物に言葉を投げ掛けた。
「そうだな。久保が休んでる間はもほとんど顔出さなかったからな」
少々皮肉を込めたような神谷の物言いには苦笑して返した。
「そんなつもりはなかったんだけどね?
おばさんに代わって放課後、喜晴のお見舞いに行くことが多かったから、仕方がなかったのよ」
「おばさんの代わりに?」
「そっ!一言目には『サッカー部は?』の従兄弟殿に色々と報告するためにね」
その言葉に今まで蚊帳の外だった久保が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あははははは……」
「なるほどな」
「おばさんも最初は心配して通ってたんだけど、
“ちゃんが行ってくれた方が手間が掛からなくていいわね”とか言って、
他の用事も任されちゃって、こっちはいい迷惑よ」
がそう言い切ると、呆れた表情で神谷が久保を見た。
しかし、その目には明らかに嬉しそうな色が浮かんでいた。
――サッカー馬鹿が二人
あえて口には出さなかったが、も呆れて毒吐いた。
「そういえば、が朝練に顔出すなんて珍しいな」
「ん?そう言われればそうだな。しかもこんな早くに」
話が自分のことについて振られたが、それが地雷だと指し示すように
のコメカミがピクリと動いた。
「フフッ、フフフフフフッ。そう。そうよねぇ……?」
は笑みを浮かべて二人を見た。
――ズイッと詰め寄り二人の真後ろにしゃがみ込むと、右拳を久保の前に突き出した。
「“どっかの誰かさん”が復帰してすぐ新入生を扱き倒してたっていう、
心臓に悪い話を聞かなければ、来なかったわよ!」
こちらを向いていた久保の額に強烈なデコピンをお見舞いする。
「痛っ……!」
「自業自得ね。病み上がりって言葉知ってます?喜晴君」
相変わらず満面の笑顔を浮かべたまま、人差し指でグリグリと眉間を抉るように押した。
「ど・れ・だ・け・心配したと思ってるのよ!こんの馬鹿ハル!!」
堰を切ったように怒り出すに、神谷も若干頬を引きつらせていた。
「ごめん、ごめんって!反省してる!してます!」
「……喜晴君?」
「ごめんなさい」
黒い何かを纏い始めたに、長年の付き合いから身の危機を悟った久保は平謝りした。
それを一度は鼻でフンと一蹴したものの、思い直すようには深く息を吐いて口を開いた。
「大会が近くなってきて焦る気持ちはわかるのよ。
わかるけど、お願いだから無茶だけはしないで」
「……」
すると今まで黙っていた神谷が真面目な顔で言葉を紡いだ。
「の言う通りだな。俺はお前を欠いたチームなんて考えられねぇ。
――が、お前は今年有望な一年が入って来たおかげで、嬉しくて仕方ないんだろう?」
「神谷……」
「それが悪いって言ってんじゃねぇよ。ただ自分の身体のことなんだ。しっかり管理しやがれ!」
久保は二人を交互に見やると困ったように笑った。
「「自覚持ちなさい(持て)よ、バーカ」」
神谷とが両側から小突くと、久保はさらに笑みを深くした。
「――ああ、そういえば『マネージャー』入ったんだって?」
中断してしまっていたストレッチを再開する二人を横目に、
は足下でサッカーボールを遊ばせながら尋ねた。
「あぁ、1年の一美って子」
「中学の頃よく久保の応援に来てた子だ」
「へぇ、可愛いって噂聞いたんだけどよかったね。待望のマネ!」
――よっ!という声と共にボールを真上に蹴り上げると、右足の甲に乗せた。
「これで試合の度に私が行く必要もなくなったねー」
――よかったよかった。と言いながら、はもう一度ボールを宙へ上げる。
「いや、それがサッカーに関して全くの素人なんだ」
「え?」
「だからへのサッカー部勧誘は継続中」
「はぁっ!?」
予想外の一言につい声を上げて驚いてしまい、取り損ねたボールが地にコロコロと転がった。
「今年の予選もサポートよろしくな!
ついでに作戦組立てなんかの協力もしてくれると有り難い」
「ちょっ、喜晴!?」
「いやぁ、監督がいない分俺がやんなくちゃいけないからさ。
神谷たちもいるけど、やっぱりプレイヤーとして集中して欲しいし」
「久保……」
神谷が驚いたように目を見開いて久保を凝視した。
「……今からマネージャー教育してー、っていうんじゃ間に合わないの?」
念のために聞いてみるが、悪足掻きとしか言いようがないの一言。
「指導する時間も惜しいんだ。
サッカーの場合ルールはわかっていても、ある程度の試合数を見慣れてないと難しいだろ?
何より私情抜きで意見が言える人材は貴重だから」
「……どうやら、拒否権はなさそうね」
はまんまと久保のペースに乗せられたことを悔しく思いつつ、半ば諦めてそちらを見やった。
「相変わらず正式なマネージャーにはなってくれないんだろう?」
「……今だってほとんど臨時だけどマネ状態じゃない」
「俺としては正式にずっとサポートして欲しいんだけどな」
「お生憎様。私は矢野君たちみたく、そう簡単に絆されたりしませんから」
天才だのなんだと持て囃されていようとも、にとってはただの従兄弟なのだ。
「さーん」
「でも……完全に断れない自分が憎いわ」
は肩を落とし困ったように笑った。
何だかんだと甘いのも事実で、がサッカーを好きだということを
良く知っているからこその勧誘であることに内心気づいていた。
もちろんサッカー部に有益だということも事実で、久保自身に打算がないわけではない。
けれど、天邪鬼な従姉妹が大好きなサッカーに少しでも触れていられるよう口実を作り、
多少、強引な手段を用いているのも本当である。
――似てるよなぁ……こいつら
そんな二人を見てこっそりと神谷は思う。
決して顔が似ているわけではないのだが、親戚と言われれば納得できる雰囲気が二人にはあった。
――ふとしたときの仕草だったり、今みたいに笑った顔。
神谷は隣りの久保を見てを見る。
そしてもう一度久保を見た。
「やってくれるんだ?」
久保は嬉しそうな表情を浮かべ、に聞き返していた。
「協力、する……サッカー好きだもの」
「さすが!」
生まれた頃から付き合いらしく、この歳の男女にしては仲が良過ぎるほど良かった。
――嫉妬してしまうくらいに。
どちらに、というのはあえて明言しないでおく。
そもそも久保は従兄弟であるし、本人たちも兄弟のようなものだと主張しているため、
嫉妬するだけ無駄なのだが。
それは単なる神谷の心の狭さということだ。
「――それじゃぁ、今日の昼休みに一度、顔出すね。時間の方は大丈夫?」
「もちろん」
「神谷は?」
「あ……あぁ、問題ない」
いつの間にか話が進んでいて一瞬戸惑うが、すぐに返事を返した。
「じゃ、そろそろ部員の皆が来る時間だろうからお暇するね?また後で。朝練頑張って!」
「あぁ、よろしくな!」
「また昼にな、」
校舎へと歩いていくの背中を見送ったあと、久保がチラリと神谷に視線を送る。
「……神谷」
「なんだよ」
「これで今までのはチャラでいいか?」
「おいっ!」
神谷の顔が仄かに赤く染まった。
「の協力が必要なのは本当なんだけど、俺としては友人の恋路も心配なんだよなぁ」
「久保っ!!」
「応援してるから頑張れよ?」
「っこの野郎……!!」
――自分が彼女持ちだからっていい気になるんじゃねぇ!!
神谷のコブラツイストが久保に炸裂した。
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