「 ――どこいってたんだよ」



現世から戻ってきたを出迎えたのは、両腕を組んで仁王立ちになり、

顔には仏頂面を浮かべた愛息・冬獅郎だった。

その姿を見とめると、はいっそだらしないと言えるほど顔を綻ばせ、

下の位置にあるツンツン頭を優しく撫でた。



「ただいま、シロ。ちょっと一護のところまで行って来たんだ。

 しばらく帰れそうにないから、話をしにね」



何気ないの一言だったが、冬獅郎は瞳を微かに揺らした。



「母さんは、こっちが落ち着いたら……現世に、行くのか?」


「そうだねぇ。一度戻って、遣り残してきたことを清算してくるつもり、ではいるかな」


「そう、なのか」



そう言ったっきり、俯いて押し黙ってしまった。

明らかに暗い声色にどうしたのかと、はしゃがむとその顔を覗き込んだ。



「冬獅郎、具合悪いの……?」


「違う。何でも、ないんだ」


「何でもなくないみたいだけど?」


「っ、何でもないって言ってるだろ!!」



怒鳴ったあとにハッと顔を上げるが、さらに顔を歪めるとまた俯いてしまった。



「ごめん……」


「冬獅郎」


「本当に、何でも、ないんだ。だから――」



は困ったように微笑むと、両手でそっと冬獅郎の頬を包んだ。

壊れモノでも扱うかのように優しく顔を上げ、その視線を合わせる。



「――いいんだよ。冬獅郎は、怒っていいんだよ」


「母、さん」



は諭すように言葉を紡ぐ。



「悲しませるようなこと、傷つけるようなこと、酷いことをたくさんしてしまったから。

 だから、今までのこと全部我慢してないで、怒っていいんだよ」


「違っ!お、れは、俺は……っ」


「言いたいこと、言いたかったこと、言えなかったこと。全部、教えてくれる?」



冬獅郎は大きな瞳を揺らし震える唇を強くかみ締めると、その口を僅かに動かした。



「……い…………かと、……った……」


「――――!!」



呟きにも似た小さな一言。

しかし、はその耳でしっかりと聞き取った。

そしてハッと息を呑んだ。



“また、いなくなったかと、思った”


―ああ、どれだけこの子を傷つけたのだろう。

 決して、その罪を忘れていたわけではないのに。



抜け出したのは、旧知の友や元部下など大切な人たちに、

まだちゃんと帰還の挨拶をしていなかったから。

元気であることを伝えるために、せめて顔くらいは見せに行こうと思っての行動だった。

色々と一方的に迷惑をかけてしまったこともあり、できるだけ早めに会いに行きたかった。

そこに、ほんの少しだけだから怒られはしても執務自体に支障はないだろうという、

気軽な思いもあったのは事実だが……

にとっては本当にそれだけの意味しか持たない行動だった。


―しかしそれは、あまりにも軽率だった。


として再会できた嬉しさのあまり、見落としていたと言ってもいい。

一番謝罪しなくてはならない我が子への配慮が足りなさ過ぎた。

自分勝手な事情ばかり押し付けて、母親としては何も分かってあげられていない。


―傷つけるだけ傷つけた、最低な母親だ。



「ごめん、ごめんね……」



暗い影を落とす冬獅郎をはギュゥッと抱きしめた。

本来なら再びその腕の中に収めることさえ叶わなかった、何ものにも代えられないの宝モノ。

―なんて、馬鹿なのだろう。



「――か、母さん!?」



の突然の行動に驚くあまり一瞬身体を硬直させたものの、

我に返ると今度は、込み上げる恥ずかしさから腕の中で身じろいだ。

しかしそんなこともお構いなしに、は二度と手放すまいと心に誓いながら腕の中に閉じ込める。



「いなくなってごめんね。不安にさせてごめんね。心配かけてごめんね。

 ……置いていって、ごめんねっ……っもう二度と、絶対に、冬獅郎を一人になんてしないよ――

 大好き、愛してる ――私の可愛い子」



情けなさから、最後の方は嗚咽混じりの声になってしまった。

それを誤魔化すように冬獅郎の肩口へ顔を埋め、力強く抱きしめる。



「母さん……」



の後悔が冬獅郎にも伝わったのだろう。

真正面から聞いている方が恥ずかしくなるような愛情をぶつけられ、照れてしまったのか。

耳や頬ががほんのりと赤く染まっていた。

抵抗するのをやめると少しだけ居心地が悪そうに、また照れ臭さをを隠すように、

その抱擁を受け入れた。



「……もう二度と、何も言わずに居なくなったりするなよ……母さん」



冬獅郎は顔を隠すようにの肩へと額を寄せ、もしっかりと頷き返した。

少しして、小さく嗚咽する音が冬獅郎の耳に届くと困ったように微笑みつつ、

その背中をあやすように優しく撫でた。



―“おかえり”

―“ただいま”



小さな声でもう一度、二人はその言葉を重ねた。






















――数日後



「―っ!! 母さんっ!!」



臨時隊長室という名の隔離部屋に、少年の怒鳴り声が響き渡った。



『 愛する息子、シロちゃんへ


   母さんは仕事に飽きたので、

  ちょっとばかり十四郎の所へ行ってきます。

  良かったらシロも家族団欒しに来てね☆


                 母さんより 』



―やられた……!!



冬獅郎は何より真っ先に思ったことはそれだった。

しっかりと行き先を書置きに残していくことで、失踪ではないことはわかる。わかるが。

あの約束の後、3日も経過しないうちにまさか脱走するとは思っていなかった。

居場所ではなく人物名を残していくところが狡猾だ。

しかも今現在、一番対応に困っている人物のところに逃げ込むとは……!

冬獅郎は深く深く溜息を吐いて、肩を落とした。

ただその背中が以前とは違い、孤独に震えることはない。



―仕方が無い、迎えに行くか……



捜す手間が省けた分、なかなか返してもらえなさそうな一抹の不安に駆られながら、

冬獅郎は颯爽と羽織を翻した。

―もう、あの頃の無力な自分ではない。見失ったら、今度は自分から捜しに行くと決めた。





息子よ、母に振り回されて強くなれ!

しかし何年経とうと母は息子より何枚も上手であることを心得よ。