「―……っどこに行った!?」
耳に飛び込んできたのは、上司の怒りも露になった声だった。
常日頃、聞きなれてはいるものの、条件反射としてつい―ギクッ!と肩を震わせる。
―いやでも……今日は、まだ何もやっていないはず。
真っ先に浮かんだ己の素行について思い返してみるも、思い当たる節がない。
つまり、この怒りの対象は自分ではない、ということだ。
―しかし、それはそれで新たな問題が浮上した。
かの上司をここまで怒らせることができる人物。
そんな人物が果たしてこの瀞霊挺に、しかも自分以外でいただろうか?
「珍しいこともあるものねぇ……」
乱菊の中で、ちょっとした好奇心がわいた。
声のする方へクルリと反転すると、軽やかな足取りでそちらへ歩いていく。
「たーいちょーっ!こんな所で何やってるんですぅ?」
「松本、か……」
―やはり自分ではないらしい。
どこか疲れた様子を見せる上司、日番谷冬獅郎をしげしげと見つめた。
「誰か探してるんですか?」
「あ、あぁ……知り合いをちょっと、な……」
言葉を濁す日番谷に、乱菊はさらに目を見張った。
―本当に、珍しい。
「金髪の女もしくは銀髪のを見かけ……いや、やっぱりいい!なんでもない。
……というか松本、お前もそろそろ休憩終わりだろう。早く仕事に戻れ。」
ブツブツと何かを呟きつつ、眉間に皺を寄せたまま日番谷は何処かへ歩いていく。
「変な隊長……」
半ば呆然としつつ、乱菊はその背中を見送った。
少しして、自分も戻ろうかと視線をずらすと、右手側にある木がガサリと動いた。
思わずそこへ注目すると、上から、何か黒い塊が落ちてきた。
「―シロもまだまだ甘いなぁ」
黒い塊、否、死神は身軽な動作で綺麗に着地した。
そして先ほど日番谷が去っていった方向を見つめながら、呟くその表情はどこか嬉しそうだ。
「……隊長……?」
乱菊は目を見開いて固まった。
「はいはい呼んだー!?―……あれ、乱菊?」
一瞬、驚いたように目を見開いた。
が、ヘラリと笑ってゆっくりと乱菊に歩み寄っていく。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「っ、隊長……」
「あはは、今は隊長じゃないよ。……隊長代理という名の雑用係?
それにしても、乱菊は相変わらず美人だね。
副隊長になったことは一方的に知ってたけどさ。
そんなにゆっくりと、まじまじ見る時間はなかったなーって……うぉっ!?」
の言葉を遮り、乱菊が勢いよく抱きついてきた。
「本物……ですよね?」
「今のところ、偽者が出たって話は聞いてないけど……?」
ガッチリと抱きしめられているは、思わず苦笑した。
優しくその背中を叩いて、腕の力を緩めて貰おうとしたが、逆効果だったらしい。
さらに強く抱きしめられることとなった。
「美人さんに熱烈な歓迎をしてもらえて、とっても嬉しいんだけど、
ちょっと、いやかなり苦しいかなーなんて?」
「す、すみません。でも隊長……その言い方なんだか親父くさいですよ。」
「あー、乱菊はその……知らないうちに、かの副隊長に似たのか、毒舌になったね。」
無性に懐かしさを感じつつ、腕の力が緩んだことにはほっと息を吐いた。
意外と、周りは淡白なのが多いのか、ここまで分かりやすい反応が返ってきたのは
浮竹以来だな、などと思い返しながら。
「そういえば、隊長……日番谷隊長と知り合いなんですか?
最近よく、どこかに足を運んでるみたいなんですけど……」
「うん、まぁ。知り合いというか……」
そこでは動きを止めた。
―日番谷の性格と立場を考えると、正直に事実を言ってもいいのか。と。
「隊長……?」
「あ、うん。とりあえずシロが探してるのは、私で間違いないよ。」
どこかぎこちない様子のに乱菊は首を傾げるも、追及するのも憚られた。
するとは、周りの建物に視線を巡らせある一点を指した。
「乱菊、久しぶりだし、そこのお店でお茶でも……」
「っ、見つけた……!!」
帰ってきた声は明らかに、乱菊のものではなかった。
「……あれ、もう見つかっちゃった?」
と乱菊が振り返ると、そこにはこめかみを引くつかせた日番谷が立っていた。
「……いい加減戻って仕事しろ!!」
「えー、今から乱菊とお茶しようと思ってたのに。」
不服だと言わんばかりに、が残念そうな顔をした。
「……っだからいい加減に!!」
「はいはい、可愛い可愛いシロのため、言う通りにしますよー。
ということで、ごめんね乱菊。落ち着いたらまた、誘いに行くから。」
あと一歩でキレそうな日番谷に、はあっさりと折れた。
「さて、行こっか。シロちゃん」
「―っ母さん!!」
日番谷の頭を撫で回し、は嬉しそうに足を踏み出した。
そしてそれを追いかけるように、日番谷もその背中に続く。
―母さん……?
この一連のやりとりは、誰の目から見ても明らかに手馴れていた。
しかも聞き逃すことなど出来ないその言葉は、乱菊の頭の中で何度も再生されていた。
嬉しそうなの表情と、嫌がるというよりは照れている日番谷の姿。
―あぁ、なんか納得。
何かが、ストンと乱菊の中で収まった。
「―隊長!お帰りなさい!」
「うん。ただいま、乱菊!」
―その背中、その姿は、今も色鮮やかに。