―その手は小さく


―その手は温かく



―その手は優しく


……忘れることなどなく。






―尸魂界・瀞霊廷



 暖かな日差しの差し込む一室。

傍から見ればまるで共通点などなさそうな二人は、畳の上でお互い背筋を真っ直ぐに伸ばし、

顔を向かい合わせて座っていた。



一人は老成して、如何にも厳格そうな老人。

もう一人は淡い金色の髪が特徴的な、どこか達観した雰囲気を持つ妙齢の女性。



そこには外の穏やかな雰囲気からは隔たれたかのような静寂と緊張感が

室内にはヒシヒシと漂っていた。



「重國さま……」



先に口を開いたのは女性の方だった。



「改めまして、お久方振りにございます。」



静々と両手をつき頭を垂れた。



「ほんに久しいことよ。じゃが……」



『重國』こと、山本元柳斎重國はスッと目を細め、声色を落とした。



「言いたいことは山程ある。わかっておるな?よ……」


「はい。承知しております」



』と呼ばれた女性。

また、他にという名を持つ彼女は、わずかに目を伏せた。



「―申し訳、ございませんでした。」



深々と頭を下げた

そんな彼女を目にし、元柳斎はほんの少しだけ眉を寄せた。



「問うが、主のそれは何に対して謝罪じゃ?」



試すような、そんな問い。

―誤魔化すことは許されない。



「一つは……私が流魂街から失踪した件です。

 もう一つは、藍染他2名の制裁までに至らなかった、

 己の力不足と不甲斐なさについての謝罪です。

 度重なる誓いの反故、申し訳ございませんでした。」



正直に、澱むことなく言い切った。



「……ふむ、後者についてはよい。

 その件は儂らの方にも反省すべき点が多くある。

 今回は特例として、誰にも責を問うことはせぬ。しかし――」



―もう一つの方は……



「私は、重國様のご厚意を無碍にしてしまいました。

 時期を見て復隊というお話も結局は……」



は小さく息を吐き、ゆるゆると首を振った。



「謝罪のみで済むとは端から思ってはおりませぬ。処罰は……覚悟して参りました。」


「処罰、とな?」



元柳斎は肩眉を僅かに持ち上げた。



「今、この尸魂街は隊長格の離反により混乱しておる。四十六室の機能も停止中じゃ。

 つまるところ、主を処罰している場所や時間さえ惜しい。」


「私に、罰を償う機会も与えてくださらない、と?」


「ぺいっ!そう小難しく考えるでない。

 昔から頭は良いが、悪い方向に考える癖は治うておらんようじゃな。」


「……耳が痛い限りです。」


「簡単に、結果としていうがの。

 予定よりだいぶ遅くなり、かつ儂の知るところではない失踪期間は軽く10年は超える。

 本来ならしかるべき処断を下さねばならぬが、

 主は約束通り、名を違えてはいたものの帰還し、隊に準じてきた。

 騙していたことは確かに遺憾ではある。が、儂はそれを評そうと考えておる。」


「そんな……」


「言うておくが、儂の一存ではない。

 欲目がまったく無いとも言い切れぬが、人員不足の今、主の能力は惜しい。

 儂らしくないと思おておろうが、今回は旅禍の件も含め特例づくし。

 それだけ、打撃が大きい証じゃ……友と部下に恵まれたことにも、感謝せよ。」


「重國、様……」



急に胸が熱くなり、はその後に紡ぐ言葉を失った。

それを悟ったのか、元柳斎の目元が僅かに緩んだ。



「前から思うとったが『日番谷の』……あれは主によう似ておるな。

 類い稀なる才は、母の代わりをも立派に果たした。さすが主の子じゃのぉ」


「いえ、それはきっとあの子の努力の賜物でしょう……」


「そうか」


「はい。私はあの子に、何もしてやれませんでしたから。」



幼いあの子を残し尸魂街を去ったこと。それを後悔しない日はなかった。

正直、恨まれても仕方が無いとさえ思っていた。



よ、そのような顔をするでない……儂も、親として後悔することはある。」


「それは……」


「現実(いま)を見よ。やるべきことは現にしかない。」


「はい……」



その言葉を、は大切に胸へ刻みつけた。

昔から、変わらずこの義父を尊敬し続けている由縁は、単純に拾われたからだけではない。

この強さに憧れ、慕っているからこそ、そこに繋がるのだ。



「―ということでじゃ、主を臨時で隊長代理に任ずる。」


「えーっと、重國様……?」



―臨時の隊長。

突然の切り替えしに、目を瞬かせた。

何故なら、副隊長以外がそれに就任するなど、そんな前例聞いたことがない。

しかも、どこの隊とも言わず……無茶苦茶な。



「元隊長のお主なら問題あるまい。失踪していた分も、しっかり働くことじゃ。

 あえていうならば、それが罪滅ぼし。それでよいな?」


「拒否権はないのですね……」



はガクリと肩を落とした。



「みなを心配させた罰じゃ。」


「……それは、重々に。」



どこか柔らかくなった雰囲気を祝福するように、窓から暖かな風が吹き抜けた。



「しかし……よう、帰ってきたよ。心配させおってからに、この馬鹿娘。」


「はい、ただいま戻って参りました。養父上。」



素直じゃない義父と、どこか臆病な養娘。

そんな二人の関係は、変わらないらしい。









<余談>





「十四郎が義理の息子になるとはのぉ……」


「前々からそのようなものでしたからね。

 むしろ春水じゃなくて良かったと思ってくださいね?」


「そうだのぅ。

 あれが義理とはいえ息子になったら、血圧が上がり放題だったやもしれぬ。」


「私も、ゴメンですね。友人としてならいい奴なんですが……」


「しかしそんなことよりも日番谷隊長が孫ということは、儂は祖父か?」


「まぁ普通に考えればそうでしょうね。でも冬獅郎ですから……

 素直に十四郎を「父さん」とか「父上」とは呼ばないでしょうね。

 義父上のこともも「お爺様」とは呼ばないでしょう。

 隊員たちをを混乱させるのもアレですし、とりあえずは現状維持でいいんじゃないですか?」


「ふむ……残念な気もするが、隊長としてのプライドや外聞もある。致し方ない。

 あの歳ですでに隊長だしのぉ。

 さすがお主らの子だけあって、才は余りあってあるようじゃな……」


「そうみたいですね。私もいまだに驚いておりますし。」


「うむ……してモノは相談じゃが、次の孫は女子がよいな。」


「……はっ?」


「男子でも悪くはないが、今度こそ「お爺様」と幼き頃から教えれば……」


「……はぁ。」





―家族関係問題なし?