愛しさ余って……






 「――冬獅郎っ!!?」



それは思いもしなかった昼下がりの出来事。

半ば無理矢理お昼を共にし、3人は食後のお茶を楽しんでいた。

苦々しい顔をしつつも、無言で差し出されたお茶を飲んでいた冬獅郎が――突然、倒れた。

と浮竹が慌てて駆け寄りその顔を覗き込む。

すると周りに白い煙が立ち込め、ポンッという音がしたかと思うと……



「な、一体何がどうなって……っ!?」


「と、冬獅郎ぉっ!?」



非現実的な事態が目の前では起こった。



「――うっ?」



二人が呆然とした表情で冬獅郎を見つめていると、

不思議そうに大きな翡翠の瞳を瞬かせた“赤ん坊”が二人の顔を交互に見比べていた。



「……この子は、その、冬獅郎だよな?」


「う、うん、そうだと思う!冬獅郎の小さい頃そのまま、だし……」



そう、二人の愛息・冬獅郎は“赤ん坊”になってしまっていたのだった。



「や、やっぱり、そうなのか!」



目の前で変わる瞬間を見たとはいえ、あまりにも信じがたい出来事。

しかし、幼い頃の冬獅郎を知るが肯定したのだから、赤ん坊は間違いなく冬獅郎なのだ。



「あー、うぅ、みゅっ?」



顔をキョトンとさせながら二人を見上げる愛くるしい瞳。

何を思ったのか、両手を伸ばし何かを掴もうと小さな手を必死に動かし始めた。



「……かっ、可愛いなぁ」



デレッといつもの三割増しに表情を崩した浮竹が、そっと冬獅郎を抱き上げた。

は浮竹に抱えられた冬獅郎の顔を覗き込むと、柔らかな頬をチョイチョイと突いた。



「柔らかほっぺは昔からだったんだよねぇ」



懐かしさから、の表情も自然とにやけていた。



「今までの冬獅郎だって十分可愛いんだが、何と言うか……」


「うん、わかってる。反応が新鮮っていのもあるけど、

 冬獅郎の小さい頃を目の当たりにできたことが嬉しいんでしょ?」



が微笑むと浮竹もぱあっと表情を輝かせ頷いた。



「そう、そうなんだ!冬獅郎は赤ん坊にされてしまって災難だと思うんだがな……」



苦笑を浮かべながらも冬獅郎を見るその目は、

慈愛に満ちた父親というに相応しい雰囲気を纏っていた。

も決して見ることは叶わないと思っていた光景を目の当たりにし、

胸から込み上げるものがないわけではなかった。



「ふぇっ……うぅぅ」


「ん?どうしたんだ?急に機嫌が」


「この展開からいくと、ミルクかオムツだよ。きっと」


「えぇっ!?ここにオムツなんてないよなっ!?」


「私だって今更母乳なんて出ないって!!」



穏やかな空気が一転して、また慌ただしくなる。



「ど、どうすればいいだろうか!?」


「っ十四郎はそのまま冬獅郎見てて!急いで買ってくるから!!」


「わかった!」



慌ててミルクやオムツなど赤ん坊に必要なもの一式を買い込み、

は脇目も振らず一目散に駆け戻った。

その際、鬼気迫るの様子に店の店員が「お金はいりません!」と叫び、

を困らせる珍事があったことを追記しておく。

ちなみに、この時のの瞬歩は瞬神夜一をも超えたとか超えなかったとか。



「……手慣れてるねぇ」


「そうか?」



どうやらお腹が空いていたらしい冬獅郎。

浮竹が手ずから哺乳瓶を片手にミルクをやり、妙にその姿が銅に入っているものだから、

は嘆息した。



「まあ、弟や妹の面倒を見てたしな」


「ああ、なるほど」



当たり障りのない答えに自然と納得する。

しかし同時に疑問も浮上する。



「……にしては、さっきは随分と慌ててたみたいだけど?」


「ああ、それだけ自分の息子は特別だってことだな」



その言葉には頬を赤く染めた。

――その笑顔と言葉は反則だ。



「しかし、何が原因で赤ん坊なったんだろうな?」


「……お茶飲んでただけだよね?」


「だよなあ。同じお茶を飲んでたはずの俺たちは何ともなかったし」



今更過ぎる素朴な疑問の応酬。

しかしお互いに知らぬ存ぜぬで、解決の兆しは一向に見えない。

――だからと言って、だ。

技術開発局に助けを求めるのも面白くない。

何より、この幼く愛らしい冬獅郎を検査させるのも心配だ。



「……他の人たちで試せばわかるんじゃない?」


「?」



とんでもない提案に浮竹は訝しい口調でその名を呼んだ。



「実験台は多いに越したことはないし、ね?」



某隊の隊長格がいかにも言いそうな一言だ。



「君は……護廷十三隊を機能停止にする気かい?」



浮竹のその言葉にはニヤリと笑った。



「――そうだよ。だって働きすぎなんだよ、みんな」



藍染の一件からというもの、その穴を埋めるために忙殺され、

余裕のなさからどこか殺伐とした空気が流れていた。

それは一護たち旅禍一行が帰ってからというもの、悪化の一歩を辿っていた。



「いいのか?元柳斎先生には……」


「養父上が怖くて養娘なんてできないよ?」


「……まあそれもそうだな。よし、俺も付き合おう」


「そうこなくっちゃ!」



ウキウキとし始めた二人を赤ん坊は、眠たげな表情でぼんやりと見上げていた。























「――やあ、阿散井君」


「浮竹隊長とさんじゃないっすか。こんなところでどうしたんすか?」



部屋を出た3人が真っ先にであったのは六番隊の副隊長。

赤い髪と入れ墨眉毛が特徴的な苦労人である。



「ああ、ちょっと十二番隊の技術開発局に用があってね」


「じゅ、十二番隊に?」



表情が僅かに引き攣ったものの、咳ばらいをして平静を装った。

――わかりやすいなぁ。

六番隊隊長の仏頂面、元言いポーカーフェイスと足して2で割れば丁度良いのに。

などとは大変失礼なことを常々思っていた。



「ちょっと大変なことがあってね」


「大変なこと?」



が浮竹の腕の中へと視線を向ければ自然、

阿散井の視線もそれを追うようにそこへ向かう。



「……さんいつの間に産んだんですか?」



今度は完全に、表情を面白いほど表情を崩した。



「あはは、間違っちゃいないけど。間違ってるから」


「は、はぁ?」



は冬獅郎を産んだが、決して最近産んだわけではない。

だから答えはノーだ。



「ところで阿散井君、喉渇いてない?」


「え?いや、別に渇いてないっすけど」


「うん、じゃぁお茶飲んでみようか」


「はぁ、あの、えっ?――グフォッ!」



阿散井の意志とは全く関係なく、口に無理矢理お茶を流し込んだ。



「ゲホッ、ゲホッ、な、何するんすかいきなり!」


「ちょっとした実験」


「はぁ!? 実験ってちょっ……」



すると白い煙が立ち込め、ポンッという音がした。



「「あ……」」


「な、なんで視界が低くなって……!?」



と浮竹の二人を見上げる阿散井は、謎のお茶によってちびっ子と化していた。



「あー、とりあえず……ルキアのとこに連れて行こう」


「朽木のとこへ?」


「幼なじみらしいから」


「なるほど」



きっと懐かしがってくれるだろうと、喜んでくれる人へまたもや本人の意志に関係なく、

引き渡すことにした。



「ルキア喜んでくれるかな?」



趣旨が変わってきているが、数奇な巡り会わせから現世で友人となった少女へ思いを馳せた。

全は急げとばかりに、チビ阿散井を軽々と脇に抱えると、

鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌良く歩き出した。



「……アレ、なんか前にも拉致られたよな。俺」



強烈な既視感を覚えつつ、ダラリと手足を宙に遊ばせたまま、

上に同じく本人の意志など関係なしに強制連行されていった。



その後も遭遇した朽木白夜、檜佐木修平、吉良イヅル、砕蜂、

京楽春水、伊勢七緒、山本元柳斎重國といった面々に、

騙す、襲撃、恐喝しといった様々な手口で次々に飲ませていった。

すると京楽と山本以外は大方子供になってしまう結果と相成った。



つまり約100年以内。人によってバラつきがあるものの50年以上若返る計算になる。

……ただその程度ではと浮竹の外見年齢を傍目にも、

すぐわかってしまうほど変化させることができないだけで。

200年を超えるものでようやっと「あ、なんか若々しいね」といったところだろうか。

記憶があるところを見ると、肉体的に若返るだけで記憶はそのままのようだが……

しかし、現世を生きる者たちで考えると老人が子供になってしまうほどのもの。

――なんとも恐ろしいものを作ってくれたものだ。

確かな効果も知らぬまま周囲を巻き込んだ元凶のは、小さく息をついた。

犯人は言わずもがな、技術開発局以外考えられない。

ただ、率先して作るかと言えばそこには疑問が残る。

つまり別の誰かが依頼をし、たちに寄越したということだが……



――あのお茶葉は、養父上から貰ったものだし……まさか、ね?












――3日後、一同は元に戻った。



しかしその間、の仕事量は過去類を見ないほど多くなり、

冬獅郎の面倒は主に浮竹が見ていた。

かいがいしく世話をする姿は実に微笑ましく、

見ている側までだらし無く表情を崩してさまうほど癒される光景だったのは言うまでもない。



……その時を境に、冬獅郎の表情に照れ臭ささが混じるようになったのは

――だけが知る事実密である。





――そして



「ほっほっほっ、やはり次は女の子かのぉう。

 どちらに似てもきっと可愛いじゃろうなぁ……」



某隊長室にてそんな独り言が呟かれていたのは、口にした本人以外誰も知り得ない。