81:目と目で通じ合う!?







 ―つまらない。



は深く溜め息を吐いた。



割と広めの教室。

そこではお世辞にも授業とは言いがたい話を教師が延々と語っていた。

否、現役を退いた見た目も中身も中年親父が、自慢8割強の講釈を垂れていたと言う方が正しい。

まぁ事実かもわからぬ話なのだが、事実であったとしても大いに脚色されていそうだ。

どちらにしても、教師を見ればそれが所詮過去の栄光であることは明快。

そしてそんな内容の無い無駄話に興味などカケラも持てるはずがなく、

はぼんやりと聞き流していた。



外は雲一つなく晴れ渡っており、まさに快晴。

室内にいることが勿体なくさえ思う。

教室を見渡せば、すでに約半数が夢の世界へと旅立っていた。



―いっそ、自分もその仲間入りしてしまおうか。

そんな思いが湧き上がってくるが、打ち消すようにすぐ首を横に振った。

いつもなら気にせず寝てしまう所なのだが、少々心残りがあった。

もちろん、この授業に未練などこれっぽっちもない。

しかし、外の天気の良さには未練があった。



どうせ寝るならこの青空の温かな日差しの下、そよ風に吹かれながらのんびりとがいい。

―ああ、そういえば……と、丁度手元に読みかけの本があったことを思い出した。

こんな日和だ。室内に籠って読むより、むしろ外で読書する方がいいかもしれない。



そんなことを考えていると、つい、今すぐにでも外へ抜け出してしまいたくなる。

しかしまだ入学して間もない身であるため、いきなり教員から目をつけられるのはまずい。



―それは元柳斎の面子にも関わる。

誰に言われたわけでもないが、彼の養女という立場上、

目立った行動は控えなければいけなかった。

そうしなければいけないのだと、周囲の様子から肌で感じとっていた。

その上で自身が制限されてしまうのは仕方がないと、何処かで諦めていたのかもしれない。

結局変わらぬ現状に、こっそりと息を吐いた。



暇潰しにまた教室へと視線を走らせると、ふと、斜め前の席に目が止まった。

別に深い意味などなく、何となくそちらを見やったのだが、思いも寄らぬ人物と目に合った。



―京楽春水



入学して早々、女の尻を追っかけている姿が多数目撃されている。

いつもならこのような授業のときには大抵机に伏せて寝ている彼が、今日に限って起きていた。

そのことにまずは驚いた。最近、何故か彼とよく話す。

意味深長な発言の効果か、今まで全く接点がなかったのが不思議な気がしてくるほど、

行く先々で遭遇するのだ。

クラスが同じなのだから顔を合わせること自体は可笑しくない。

可笑しくはないのだが、京楽が意図的にそうしている可能性は少なからずあるだろう。



実を言うとタラシという一面さえ除けば、彼に対するクラスの評価はそれほど悪くない。

むしろは興味さえ持っていた。

そのためいつの間にか、男女という性別に関係なく話せる気安い関係になっていた。



―この二人、案外似た者同士だったのかもしれない。

興味のあることとないことに対して気分の温度差が激しかったり、

本心を曖昧にして周りから一線を引いていたり。

当たり障りのない程度にフラフラと気紛れに、

それこそ波間に漂うクラゲや風で舞い上がるビニール袋のような。

例えは悪いが、それだけ己という存在が確立されていたと言えた。

ただこの二人の場合は、目立ち過ぎて森の中の平凡な木には到底なりえなかった。

そう、針葉樹林の中に広葉樹木が生えているようなものだった。



しかしそれでも年相応とは言いがたい、どこか達観している節があった。

そのためか、反発するように時折突拍子もない馬鹿なことをやりたがった。

頭の回転が異様に早い分、冷めていたのだろう。

それを自分でわかっていたからこその行動だったのかもしれない。

本当のところは本人たちにしかわからないが、微妙な間合いを保ち、

深入りしてこない存在がお互い貴重であったことは確かだっだ。



―そう、だからこそ。

京楽が起きていたことは、にとってよい暇潰しになりえた。

思わず口許が緩み、ニヤリとしてしまった。

対する京楽もヘラリと笑い、明らかに何かを含んだ怪しい雰囲気を醸し出していた。



少しして、が窓の外へ視線をずらすと、つられて京楽もそちらを見た。

そこはが先ほどまで眺めていた青空が広がっている。

再度京楽に視線を戻すと、京楽はどこか嬉しそうな表情を浮かべて首をコクリと一つ頷かせた。

そして今度は京楽が教師の方へ視線を向け、が同じくそちらを見た。

ここで同意するようにコクリと一つ。

ついで二、三ヵ所教室内に目を走らせ、複数の人物を確認するように目配せした。

すかさずは頷くが、ふと動きを止め、少しだけ考える素振りを見せた。

そして思い付いたとようにある人物を顎で指した。

京楽はそちらを見た瞬間、少々驚いたように目を瞬かせたが、

すぐに了解の意を込めて笑い返してきた。



―いざ、作戦決行。

あることをしたためた紙を京楽が視線で示した人物へと投げた。

もちろん中年教師が黒板の方を向いた瞬間に狙いを定めて。

京楽の力加減は絶妙で、それぞれの机の上にストンと綺麗に落ちた。

起きてはいたが暇だった彼らは、躊躇することなく不思議そうにその紙を開いた。



「ヒィッ!なっなっなっ……!!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「フ……フハハハハハハハ!!!!」



静かな教室に響き渡る奇声。

突如として、錯乱状態に陥った者が3名ほどいた。



「なっ何だ!?どうしたお前たち!!」



慌てる教師を尻目に、その3名はひたすら訳の分からないことを叫んでいる。

いや、恐らくと京楽はわかっている。詳細も知っているだろう。

しかしその混乱に乗じて、が締めだと言わんばかりにあるものをある人物に渡した。



「柳瀬くん。はい、コレ」



―世の中にはこんな人がいる。

ある一定の条件を満たすと、普段の雰囲気とは打って変わってガラリと性格が変わってしまう人。

そう例えばお酒を飲むと性格が変わる人、つまり『アルコール』であったり。

車に乗ると性格が変わる人、『運転』が条件であったり様々である。

そんな性質を持つ人物がこのクラスにもいた。

それが『柳瀬くん』だ。

彼の場合は、竹刀でも日本刀でも斬魄刀でもなく『木刀』



「敵はっ!本能寺にありィィ!!」



意味不明な奇声を上げ、柳瀬くんが駆け出した。

―本能寺って何?そんな質問をしてはいけない。

しようものならこちらが被害に遭う確率は100%だからだ。

降り懸かる火の粉は払い除けるが、極力無いに越したことはない。



「お、落ち着け!柳瀬っ!!」



この事実が発覚したのは丁度、実技授業の時だった。

その場に居合わせたのはもちろん、実践的に教えることのできる教師であり、実力も相応にあった。

取り押さえることも容易にできたのだが、本日はメタボリックも痛々しい中年教師。

自慢した腕前が事実ならば、いくら暴走したとはいえ入学したばかりの生徒を取り押さえるくらい

問題はないだろうが……十中八九無理だろう。

そうこうしているうちに、柳瀬くんが中年教師に肉薄する。



「チェストォォォーーー!!!!」


『あ……』



何ごとかと起き出してきた生徒たちもそれを目撃してしまった。

中年教師自慢のオールバックが抉られた瞬間を。

いや、残っていることには残っている。

ただ肝心の天辺が凄まじい剣圧で縦に深く抉られただけで……。

無惨にもオールバックは二つに分断され、黒板には木刀が突き刺さっていた。



「ヒッ!…………」



腰を抜かして座り込んだかと思うと、教師は白目を向いて気絶しているようだった。

授業中にも関わらず、奇声の飛び交う教室。

止めようとする者もいたが、大半が静観を決め込んでいた。

誰だって自分の身はかわいいものだ。



もちろんと京楽の姿はすでになく、二人と仲のよい数名の姿も消えていた。

























翌日、学院の朝礼にて教室内における木刀持込禁止が伝えられた。

あくまで注意を促す程度のものであったのだが、翌年。

正式に校則としてそれが追加され、罰則まで作られた。



―何があったかは、語らずとも察して欲しい。



さらに余談だが、卒業までにこの二人の手によって中断せざるを得なくなった授業は数知れず。

その主犯が・京楽の二人であったことも、卒業して尚、

教師陣に知られることなく有耶無耶のままだったそうな……。