64:眩しい
「……山本さん?」
突然のことに、は驚愕に目を見開いたまま固まった。
「……えーっと、こんにちは?」
―何故自分は、この人を下敷きにして座り込んで居るのやら。
見当違いなことを口走っていたことにさえ気付く余裕もなく、はひどく狼狽していた。
時間を逆上る事少し。
そもそもは木の上で読書をしていたのだが、
うららかな陽気に誘われてついうたた寝をしてしまっていた。
それからどのくらい時間が経過したのか……
ふと、木の下に人の気配を感じては目を覚ました。
すると手元からスルリと本が離れ、それが落下しそうになった。
慌ててそれを取ろうとした途端、起抜けだったこともあり、
体勢が崩れては見事に木から落ちた。
落ちたのだが、運悪く目を覚ますきっかけとなった『人』がその真下にいた。
避ける余裕があるはずもなく、その人を巻き添えにして地面と再会を果たした……はず、
なのだが……
の目の前には、青年が仰向けに横たわっていた。
いや正しくは、向かい合うような格好でが青年の腰辺りに馬乗りになり、
下敷きにしてしまっているのだ。
「…………」
「や、山本さん大丈夫!?」
その声にハッとして、飛んでいた意識を勢い良く取り戻した。
「だっ、大丈夫でっす!」
「そう、よかった……」
青年はほっと息を吐いたかと思うと、驚くほど綺麗な笑顔を浮かべた。
それを目の当たりにしたはつい凝視してしまう。
―こんなに綺麗に笑う人、初めて見た……
「―あの、山本さん……?」
意識を飛ばして今度は惚けていたの顔を、
また心配そうな表情に戻った彼がおずおずと見上げていた。
―そういえば『山本さん』って、私のことだよね……?
1年経っても周りにそう呼ぶ者がとても少ないため、どうもいまだに慣れない。
だから反応が遅れてしまうのだが……
「あれ、そういえば名前……」
すぐには気付かなかったが、名前を知っているということは、
つまりのことを知っている人らしい。
キョトンとしていたに青年が気まずそうに答えた。
「あっ、その……同じクラス、なんだ。」
そう言われて彼の顔を再度見返すと、ややあっては納得したように頷いた。
―あぁ、彼のことは知っている。
何故なら、彼の周りにはいつも人が集まっているからだ。
なかなかクラスメイトを覚えることができないでさえ、その彼に目を留めたことがあった。
何故ならの金髪も十分目立つが、彼の白髪も同じくらい特徴的だからだ。
「……えっと、浮竹くんだよね?」
自信なさげに、少しだけ首を傾げてその名を呼ぶと、浮竹の頬が微かに色付いた。
「えっ、あっ、そのっ!!……知って、たんですか?」
―何を?
言葉にせずともそれは自分も疑問に思ったことだったので、すぐにはわかった。
しかし何故に敬語交じりなのか。
「あ……うん。浮竹くんクラスでも目立つし……」
教室での風景を思い出しながらは答えた。
「えっ……そう、かな?」
「うん……そう、だよ?」
なんだかとてもぎこちない会話が繰り広げられているが、
いまだ体勢はが浮竹を下敷きにしたままであることを忘れてはいけない。
「ご、ごめん!」
自分がどういう体勢なのか、ようやく思い出したは慌てて浮竹の上から退いた。
「浮竹くん怪我してない!? 重かったよね?本当にごめん!!」
彼の腕を引っ張り上体を起こさせると、はオロオロしながら体を確認した。
「プッ……」
「え、なっ何!?」
「あ、あははははは!!!」
「ちょ、浮竹くん!?」
突然爆笑し始めた浮竹に、はポカンと口を開けた。
「いや、その、ごめん山本さん……笑うのは失礼だってわかってはいたんだけど、
あまりにも教室で見た印象とは違ってたから……」
それは良い意味か、悪い意味なのか。どちらで受けとるべきなのか。
目に涙を浮かべて笑う浮竹に、は困惑の色を浮かべた。
「物静かで大人びてて、少し近寄り難い雰囲気があったんだけど……
やっぱり話してみないとわからないものだね。俺、今の山本さんの方が好きだな。」
そう言って、浮竹はまたあの綺麗な笑顔を浮かべて見せた。
「っ……!!」
は顔に熱が集中するのがわかった。
―何だ今の……!?
突然笑い出したかと思えば、告白まがいにのことを『好き』と言ってみせて、
反則的に綺麗な笑顔を浮かべるなど。
浮竹の存在はの想像の範疇を遥かに超えていた。
―そうかこれが世に言う天然か。
彼はの周りにはいないタイプの人間だった。
「……そんなに近寄り難い雰囲気だった?」
「うーん、俺は話しかけるタイミングに困った。っていうのが本音かな」
平静を装い話題を振るが、絶えず笑顔を浮かべている浮竹を直視できない。
そんな二人をいつの間にか和やかな雰囲気が辺りを包んでいた。
―そう……にしてみれば実に珍しいことだった。
彼はどちらかと言えば、の苦手な性質の人間だったから。
誰にでも優しい、それこそ人間の汚い部分を周りの人々に全く悟らせない、出来た人柄。
それでいて、いつも輪の中心に居ることができる『惹きつける』性質の持ち主。
―にはそれが眩しすぎた。
多少なりとも影のある方がむしろ落ち着く。
綺麗すぎるモノは、かえって自分を汚く見せる。
いや、酷く汚いモノのように感じさせると言う方が正しいだろうか。
の場合、負い目はそれはその生い立ちにあった。
瀞霊挺で生まれ育ったといっても、それは両親が亡くなるまでのこと。
思春期の大半は流魂街で過ごして来た。
流魂街で、生き延びるためにやってきたことの数々は、
お世辞にも綺麗とは言いがたいことばかりで、
この瀞霊挺内では犯罪とされることをやったこともある。
―だから、彼のようなタイプにはなるべく近寄らないようにしていた。していたのに……
「改めまして、俺は同じクラスの浮竹十四郎って言うんだ!よろしく山本さん」
「山本、です。よろしく……」
に負けず劣らずマイペースであるらしい。
差し出された手をおずおずと握ると、力強く握り返された。
これでは、もはや逃げることもできない。
「あ、俺のことは好きに呼んでくれて構わないから。」
「あ、うん。じゃぁ私はで……どうも『山本』は慣れてなくて」
「うん、わかった。」
下敷きにしてしまった負い目もあり、ことごとく彼のペースに流されまくっている。
話を中断しようにも、彼の笑顔を前にするとそれも憚られて、結局振り出しに戻るのだ。
―『浮竹十四郎』か……
さすがのも、まさかこの彼とこの先何十年にも及ぶ長い付き合いになろうとは、
この時、夢にも思っていなかった。
ただその先触れがあったことに、本人が気付かなかったせいもあるが……
に、新たな友人が一人増えた瞬間であったことだけは間違いない。
―それは陽射しの照り付けるある初夏の日の出来事。