【図南の翼編】

第七話:想−おもい−






 「―で、結局のところどうなんです?」



の目がゆっくりと頑丘を捕らえた。



―何を。



とはあえて言わず、ただ答えを聴きたかった。



「……呼んだのかい?」



やはり、利広も気になっていたらしい。

と同じく頑丘を見据え、その真偽を探ろうとしていた。



「俺は知らん。珠晶が言ってたような話をしていたのは事実だし、

 それを望んでいたのも本当だ。

 ひょっとしたら、近迫たちが何かをしたのかもしれないが―」


「したんでしょうか。」


「しただろうかね。」


「……さてな」



と利広の疑問を問いかけるような言葉が被る。

頑丘ははぐらかすような応答を返したが、それを気にした様子もない。

というよりも、最近把握した頑丘という人間の特性を考慮した上である程度、

すでに答えを導き出しているのだ。

つまり、あとは確認作業のみ。



「あぁ、やはりそうですか。頑丘も近迫たちがやったとは思っていない、と。」



納得した風のとは対照的に、黙り込む頑丘。

そして今度は利広が続けた。



「なぜ、頑丘はそう珠晶に言わなかったんだい?

 おそらく珠晶は、頑丘たちがやったものだと思っているよ」


「好きに思わせておくさ」


「どう取られても構わない――それが黄朱のものの考え方なのかな」



頑丘は苦笑した。



「どうせお前たちは俺たちを猟尸師だの狗尾だの、好き勝手に呼ぶんだ。

 ものはついでだ、好き勝手に解釈すればいい」


「そうか……」



利広はそれ以上何も言わなかった。

もゆっくりと息を吐き出すだけで、何も言わなかった。

そこで話は終わったと判断したのだろう。

頑丘は立上がり二人に、頼む、とだけ言ってどこかへと歩いて行ってしまった。



「―誤解は更なる誤解を生むばかり……。まったく難儀なこと、いえヒトですね……」



のその呟きは一体、誰に対して言ったものだったのだろうか。
























「―ねぇ、



と、徐に口を開いたのは、現状からいくと隣りに座る利広しかいなかった。



「何です?」



―飽いたのだろうか?



と、まるで退屈に暇を持て余した子供を構うのと同じ感覚で利広を見やった。



「君は……いや、やっぱりやめておこうかな。」


「……はい?」



―珍しい。とはわずかに目を見はった。

利広が一度口にした言葉を引っ込めるなど、

今までを振り返ってみてもあまりなかったことだ。



「急に、どうしたんです?」


「何となく、だよ。気にしなくていい」



そう言いながらも、どこかバツの悪そうな表情をしていた。



―本当に珍しい。

はついついその顔を凝視してしまう。



「中途半端に言われると、余計気になります。」



それが人間の性というものだろう。



「うーん、そう言われてもねぇ……」



何とか誤魔化そうと彼はいつものように微笑もうとしたが、それはあえなく失敗に終わった。



―本当に彼らしくもない。



「利広……」


「……わかったよ。」



深く溜め息をついたかと思うと、両手を挙げて降参の格好をとった。

彼が折れる姿など、あの家族の前以外でそう簡単に見られるものではない。

いつもと違う様子の利広に、疑問を抱かずにはいられなかった。



「―何故、こちらに帰って来たんだい?」



真剣な顔でそう問われ、はそれが一瞬何のことだかわからなかった。

しかし何のことを指しているか、今までの出来事を振り返ってみれば、

自ずとそれがなんであるかが導き出された。



「何を聞かれるのかと思ったら。そもそも帰って来ることは『約束』だったでしょう?」


「それはそうだけどね……」



―それだけではどうも納得いかないんだ。

と、眉尻を下げた利広をは笑って見返した。



―歳を取ると、つい忘れっぽくなってしまうのは考え物だな。

などと少し関係ないことを思い、反省する傍ら。



「利広、私は満足でした。

 知人たちとも再会の約束を果たせましたし、心残りも無事なくなりました。

 それではダメなんですか?」


「……親しい友人たちと別れるのは、やはり辛かっただろう?」


「辛くは、ありませんでしたね。私が一番に優先すべきことは見届けること。

 確かに彼らの行く末は心配ですが、辛いのとは違います。

 友は、例え今後一生会えなくとも友です。そのことに変わりはありません。

 動乱の世が終わり、彼らは新たな人生を歩み始めました。

 そこに私は居なくとも、さしたる問題などないのです。

 むしろ、私が居ては先へと進めなくなってしまう恐れがある。」



「そういう意味じゃなくてね……『君自信』はどうなんだい?」



その言葉に、は少しばかり目を瞬かせたものの、

クスリと笑って表情を崩した。



「……思えば、あの人は『何を』とは明確に言いませんでした。

 けれど私はあの時、確かに『見届けた』と勝手に満足しました。

 それで少し肩の荷が下りたんだと思います。

 約束のあともう一つについては、何処に居ようと生きてる分には問題ないでしょうから。

 つまりですよ。私はあちらでやるべきことは、ちゃんと成し遂げました。

 かなり自分勝手な解釈でですけどね。

 そういうことで、自分でもびっくりするくらい未練はないんです。」



「……そういうものなのかい?」


「えぇ。でも、それが叶ったのもやはり利広、あなたとの『約束』のおかげです。」


「そうは、思えないけどな。」



利広はそれでも、どこか困ったような表情を浮かべていた。



「私が『約束』をしたのは、あの人と最後に交わしたもの以外で考えると、

 きっと、利広が初めてなんです。私はあちらに居場所などないと言いました。

 でもあなたは『帰ってくること』と言った。

 勝手な話だけれど、私にとってそれは、

 こちらに帰る居場所を作ってくれたことと同意義なんです。

 だから利広には本当に感謝している。」


「君は……」


「明確な場所など無くてもいい。

 とりあえず、そう言った張本人とこうして何年かに一度会えれば、

 その言葉がまだ有効であることを確認できる。自己満足ですよ」


「私は、どうやらとんでもないことを約束しまったようだね」



額を押さえ利広は小さく呻いた。



「……後悔、してます?」


「いや、そうじゃない。

 何と言えばいいのか……うん、私もまだまだなんだなぁと、自覚してしまったんだ」


「500を過ぎてまだまだって……それは徒人に対する嫌味ですか?」



は少々呆れた顔をした。



「フフッ、私の場合、飽いてしまったら終わりだと、ある男に言われたことがあるからね。」


「まぁ、納得ですね。」


「うん、だから。私は当分、君に付き合ってもらうことにしたよ。」


「……はい?」



いきなり自分へと話の方向を向けられ、キョトンと利広を見た。



「こんなところ、つまり黄海で告白もどうかなあとか、

 今まで散々曖昧にしといて今更かなと…か、ね。

 まぁ思うところはたくさんあるんだけど、いつの間にか私には、

 君が無くてはならない存在になってしまったらしい。


 ―だから、ねぇ、時間の許す限り私と一緒に居て欲しい。」



その目はいつに無いほど真剣に、真っ直ぐとを捕らえて離さない。



―冗談では、ないらしい……



「黄海で芽生える恋、ですか。普通なら百年の恋も冷めるような場所ですね」


「芽生えた、というか心境的には自覚した、かな?

 百年の恋、ね。どうやら私は普通ではないからそれも関係ないみたいだよ」


「……そうみたいですね。」



開き直ったのか、いつものように飄々とした様子を見せる利広に、

は小さく息を吐いた。



「で、返事は?」


「……私としてはとても残念、不本意なんですが……

 断る理由が見つからないんですよ。本当に困りました」



そう言いつつも、恥ずかしさのあまり利広の顔を見ることができなかった。

それを見透かしたように、クスクスと笑っている利広は、

今この時において一番憎たらしく思えた。



「おや、酷い。素直に答えてくれないのかい?」


「私は天の邪鬼なんです」


「そうかい。ではいつか言ってくれる日を気長に待つとしようか。

 ―時間はあることだしね」



―そう、期限は自分が飽くまで。または死する時まで。



「……逃げ切れそうには、無いですね」



ゆっくりと伸ばされてきた手を振り払うこともせず、は苦笑気味に受け入れた。



―思いは遠きかの地に馳せて。
























「―……?」


「どうかしたのか?」


「いえ、声が聞こえたような気がして……」


「あいつの、か?」


「うーん……やっぱり気のせいですかね、先生?」


「ふん、あいつのことだ。どこに居ようが上手くやってるだろう。」


「そうですね。何たってですから……」