【図南の翼編】
第六話:語−かたり−
野営地に戻り、珠晶はおとなしく倒木の陰にはいりこんだ。
隣りにはが座り込み、ほぼ強制的に膝を貸し与えて仮眠をとらせた。
頑丘、利広の二人はそれをただ黙って見守っており、
騎獣に寄り掛かりながら静かに時を過ごしていた。
空が白みはじめてきたころ、珠晶の深い寝息が微かに聞こえてきた。
それには小さく顔を綻ばせ、優しく珠晶の髪をなでた。
「…寝顔は年相応に幼いのにね?」
どこか遠くを見つめながら、思い出すように呟いた。
軽く空を煽るとゆっくりと視線をずらし、少し離れた所にいる二人を見た。
「…それにしても、利広が鬼畜だったなんて知らなかった。」
ぼつりと、独り言のように呟かれたそれに利広は破顔した。
「それは、どこをどう見てそう…」
―心外だな、と言わんばかりに利広が尋ねた。
「それはもちろん、頑丘に現実を突き付けられて傷心している少女に、
追い討ちをかけるような言動をしたどこぞの腹黒な方を見て、ですけど?」
『…………』
そのの言葉に頑丘は冷や汗を流しながら視線をそらし、利広も苦笑いを浮かべた。
「…二人の言っていることは正しいし、私も同感です。
…ただ、珠晶はまだ子供です。
他の子供よりも抜きんでて賢くはあるけれど、所詮はまだ年端もいかない少女です。
…珠晶がいくら叩いて伸びる子だからと言っても、
追い詰め過ぎは彼女の才能という芽を潰してしまいますよ、利広?」
まるで母親が子に諭すように言われ、利広も頷いた。
「…肝に命じておくよ。
生憎、この歳まで生きていても、独り身だから子育て経験は皆無なんだ。」
「私も独身ですからまともな子育て経験なんてありませんよ。
…ちょっと昔、知り合った少年のことを思い出しただけです。」
―『さん勝負!』
―『聞いて下さいよさん!また…』
―『っ!でもまだ……』
当時のことはまだ、色褪せることなく、鮮明に、記憶の片隅に焼き付いて離れない。
―否、これから先も忘れることはないだろう。
深い溜め息とともに桜良は利広をもう一度見た。
「…心配は無用です。」
黙りこくってしまった桜良を心配してか、利広の顔つきが険しくなる。
「しかし……」
そこで言葉は途切れた。
珠晶が小さく身動ぎしたので、起こしてしまったのかと思ったのだ。
しかし眠りは深いらしく、起きる気配はない。
一瞬慌てた3名は、それに口を当てて苦笑した。
一段落着いたところで、先程まで一言も話さなかった頑丘が口を開いた。
「……一つ、お前さんらに質問してもいいか?」
「うん?」
疑問系に利広が返事を返したが、頑丘の表情から大体の予想はついた。
「…お前さんらは、この嬢ちゃんが王になると思っているのか?」
その真剣な声色に一瞬、間が空くが利広は笑顔で返した。
「…どうだろう。問題は蓬山に着けるかどうかだね。
珠晶はしっかりした子供だけど、どう考えても黄海を超えるには小さいからね」
それにはも同意の意を示した。
「俺はてっきり、さっきの口振りでおまえさんらは珠晶が王になるんだと、
そう考えているんだと思っていたんだが。」
―なるほど…と、は笑った。
チラリと利広を見れば、彼も納得したように笑っていた。
「私はね、頑丘。
珠晶が蓬山に辿り着きさえすれば、彼女が登極するだろうと思っているよ。」
その答えに頑丘は目をまるくした。
「どうしてだ?」
利広はいつもの調子で笑顔を浮かべる。
「私と出会ったから」
それを予期していたと言わんばかりに、は噴き出して笑った。
頑丘は深い溜め息をつきながらも会話を続ける。
「…大した自信だ。
お前も珠晶もどうしてそこまで自信家でいられるんだかな」
「同感です」
それにはも賛同し、利広は「そうかな」と無表情に答えた。
「―天の配剤という言葉がある。
…あの子は困っていた。私はあの子を助けることができた。
他の誰でも、あの子に手を貸したりはしなかっただろう。
そんな物好きは多分、私くらいなものだから」
―一理ある。とは思った。
自分のときも、彼、またはあの人でなくては出来なかったことなのだから…。
「そうかもな」と、頑丘も頷き話を促した。
「珠晶は私に会い、そして頑丘に会った。―そういうことだよ」
「俺は金に困っていたんだ」
「そこがよくできている。
黄海に詳しい朱氏が、たまたま金銭に困っていて、たまたま護衛の欲しい珠晶と出会う。」
「だが、騎獣を盗まれている」
「命まで取られたわけじゃないし、頑丘を雇うための金銭だって盗られていない。
あんな子どもが孟極を連れて旅をして、乾海門を渡るまで無事でいられたことの方が
不思議だよ、私にとってはね。」
その言葉に二人とも深く納得した。
―確かに出来過ぎている、と。
「じゃあお前さんは王になるかもしれないという理由で、
珠晶を黄海まで追って来たというのか?それこそ義侠心という奴で」
「私をそんな良い人と思わないほうがいい」
その言葉には静かに相図つをうった。
頑丘には理解しがたいようで、苦虫を潰したような表情を浮かべていた。
「利広の思考回路について疑問を持つのは時間の無駄です。」
と、が見事一刀両断し、利広が苦笑したところで、会話が一旦途切れた。
しかし、ふと思い付いたように口を開く。
「…私が利広に恭で会い、黄海に来た。このことにも何か意味があるだろうか…?」
その疑問に、利広は少し考え込むように顎に手をあてた。
「それはどうだろう…。」
急に含みのある声で曖昧に返事を返した。
「なんだ急に?」
それには頑丘も違和感を覚えたようだ。
先程までのは思わせぶりか?という表情をした。
「つまりそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そういうことさ」
「そのつまり、わからない。ということか?」
「簡単に言ってしまえばそうだろうね。
結果はあとからついてくるものだから、今はまだ何とも言えないさ」
「…一体どっちなんだ?」
溜め息にもにた言葉が頑丘の口から漏れた。
「…こいつは昔からこうなのか?」
「私の知る限りでは、全くと言っていいほど変わってませんね。」
ズバリと言われ、返す言葉もない。
「…まぁ、私の知っている利広も、彼の生きてきた人生のほんの一部分に過ぎませんから」
―それが例え、人一人分の一生の長さだとしても。