【図南の翼編】
第五話:陰−かげ−
暗がりの中、耳と目に神経を集中させ辺りの様子を伺う。
辺りは叫び声と悲鳴が入り交じり、微かな血の匂いもする。
珠晶が知るかぎり、頑丘・はこの場にとどまっており、
すでに騎獣に荷を積む準備を始めていた。
そして珠晶の側には、前回と同様に利広の側いる。
―誰かが妖魔を倒したらしい…
叫びが歓声に変わるや否や、荷を積み騎獣に飛び乗り坂を下って行く。
そしてその者たちが速度を緩める明け方に、
徒歩の者を待つための休憩が取られた。
皆すでに慣れたもので、各々が騎獣などを木に繋ぎその場に座り込んでいる。
それはたちも同じで、いつものように頑丘が決めた場所で休もうとしていると、
珠晶が頑丘の言葉を遮って声をかけた。
「…あたし、頑丘に話があるの。」
その表情はどこか神妙で、目つきは頑丘を射んばかりに鋭かった。
「なんだ?」
訝しげに頑丘が聞き返すと…
「人目のないところまで付き合って。」
と珠晶が言った。
「冗談じゃないぞ。今は―」
「付き合ってもらうわ。
頑丘だって、こんな人目のある場所で聞きたい話じゃないと思うわ」
明らかに怒気を含んだ口調で珠晶は頑丘をじっと見ていた。
頑丘も無言で珠晶を見ていたが、しばらくして
「…いいだろう」
と返事を返した。
繋いだばかりの駮の手綱を解くと、と利広も同時に立ち上がった。
「私たちも行こう。」
そう言ったのは利広で、それにもコクリとうなずいた。
しかしそれを珠晶が止める。
「来ないで」と。
拒否の意志を示した彼女にが口を開いた。
「そういうわけにはいかないよ。
何かあった場合、いくらなんでも頑丘だけでは対応しきれない。
……二人の話に口を出す気はないから、
ただ黙って見張りだけをすることを約束する。」
それに利広も同意を示し、各自騎獣に乗る。
珠晶もそれ以上何も言わず、頑丘も気にする様子はなく駮を促した。
人々が休憩している場所から少し離れた丘の上。
そこには折り重なった倒木といくらか茂った木々が生えていた。
そこの物陰に駮をつけ、頑丘と珠晶は陣取った。
少し距離をとって利広ともお互い反対の方向に立ち、趨虞をとめた。
珠晶が視線をチラリとこちらに向けそれを確認すると、
頑丘を正面から見据え口を開いた。
「あなた夕方に近迫と何を話していたの?」
その言葉に頑丘は薄く笑った。
「わざわざ呼び出したぐらいだ、聞いていたんじゃないのか?」
「…妖魔が来ればいいのに、という話をしていたわ。」
「そうだな。」
少し間を置いて頑丘は皮袋を取り出し、駮の前で中身を露にした。
…そうそれは妖魔の一部、羽毛に包まれた翼の部分だ。
珠晶は言葉が言葉にならず、とぎれとぎれに何かを聞いた。
「妖魔の一部だ」
そう簡潔に答える頑丘に今度は用途を聞く。
「た、…食べるの?…妖魔を?」
「騎獣は味に頓着しないからな。」
あっさりと言い放つと、頑丘は翼を剣で切り取り、星彩・歳の双方に投げた。
それを2頭は嬉々として貪り始め、同じく駮も鼻を突っ込んでいた。
―もう、見慣れた光景だ。
しかし珠晶は違う、顔を少々青ざめさせている。
「…そんな変なもの食べさせないでよ」
声はしっかりしているが、どこか頼りなさげに言う。
「騎獣だって飯がなきゃ飢えるんだ。
駮は雑食だし、趨虞は瑪瑙で養えないことはないが、肉は必要だ。
…なければ体を損なう。
―で?」
だからなんだ?といった態度で珠晶を見返し、珠晶は顔をしかめた。
「あんたは妖魔が来ればいいのに、と言ってた。
そして、本当に妖魔が来た。
―これってどういうこと?」
「運がよかったんだ。」
あまりにも簡潔に、そう簡単過ぎるほどに頑丘がそう答えた。
しかし予想通り珠晶は納得してはいない。
始めから頑丘を疑ってかかっている。
―好奇心・理想・探求心…どれも悪いモノではないけれど、
中途半端なのは本当に始末に終えない…
怒りを露に珠晶は頑丘を怒鳴りつける。
「どうしてあんたたちが襲撃を願うの!?
しかもあればいいと言っていた、その晩に妖魔が来たのはなんで!?」
それに頑丘は…
『小賢しくて難儀だよ、お前は。そのくせどうしようもない餓鬼だ。』
と言った。
「あたしの訊いたことに答えなさい!!」
その剣幕は凄まじい。
頑丘も珠晶を見据えたままそれに答えた。
しかし、結局呼んだのかどうかはわからない。
「じゃぁ質問を変えるわ。―妖魔を呼ぶ手段はあるの?」
「あるな。山羊でも馬でも鳥でも一頭犠牲にすればいい。
だからといって確実に呼べるというものではないが…」
「このっ…人でなし!!」
そして珠晶は頑丘を殴ろうとするが、
その手はあっけなく頑丘によって捕まった。
「言っておくが。お前が、俺を雇ったんだ。蓬山まで送れと言った」
「だから何よ!」
―頑丘を雇ったのは珠晶で、蓬山に連れて行けと言ったのも珠晶…
責任は頑丘だけが背負うモノではない、そういうことだ。
それを珠晶は認めることができない。
『ふざけるな、冗談じゃない、汚い、違う、ひどい…』
キレイごとだけでやっていけるのだったら、
今ココに黄朱の民はいないだろう…。
「黄海はそもそも人の居るべき場所じゃない。
足を踏み入れること自体が無茶なんだ」
頑丘が言った。
…妖魔は殺しても、また次のがあっという間に出てくるのだから。
護衛を楯にするか、他の人々を楯にするか、
自分ではない誰かを犠牲にするのには変わりないのだ。
『護衛に来てくれ』と言った時点で、
『私の楯になってくれ』と宣言したのと同じ意味なのだ。
―知らなかった、では許されない。
…力の無い生きものが群れるのはその方が安全だから。
他人に危険を振り分けて、頭数の分だけ自分が安全でいられるための本能。
―『自然の摂理』と言ってしまえばそれまでだ。
確かに、12才の少女には厳しい現実かもしれない。
けれど、知ろうとしたのは珠晶自身で、今の話すべてが事実なのだ。
「……もういい」
と呟くように言い、膝を抱え、それに顔を埋める少女の姿に今までの覇気はない。
利広ももただ黙って話を聞き、
こちらに視線を投げ掛けてきた頑丘に対し、静かにうなずくだけだった。
「……珠晶」
利広が声をかける。
が、その口調はけっして慰めの言葉を言おうとするモノなどではない。
「もういい。…自分が甘ちゃんだってことは、よくわかったわ。」
その言葉は『聞きたくない』と言っているようにも聞こえる。
「君は黄海に何のために来たんだ?」
珠晶は顔を上げ利広を見た。月の逆光でその表情は見えないが、
笑ってはいないのだろ…。
「何のために蓬山に行くのか、忘れたのか?」
口調も微かに変わっている。
「忘れてないわ…だから―」
「王朝の存続のために、国土の安寧のために、
王は血を流すことを命じる。
例え王自身が命じなくても、臣下が王のためにそれを行えば、
流血の責は王にかかる。
いかなる意味なおいても、無血の玉座は有り得ない。」
―それはあなたが見てきて行き着いたモノ
「自己のために他の血が流される。
―それが玉座というものだ。」
「あたしは―」
言いかけて、珠晶は目を伏せる。
「そうね。…そうなのかもしれないわ」
―求めていた言葉は返ってはこなかった。