【図南の翼編】
第三話:人‐ひと‐
朝に城塞を出た人々は広いとはいえない道を
離れないように歩きながら先へ進む…。
―黄海とは言っても道がないわけではない。
長年、人々が通ってできた『道』がそこにはあるのだ。
岩場を下るとそこは見渡す限り木々が生えており、
道をしばらく歩くと開けた原っぱがあった。
と、遠い背後から鐘や太鼓の音が聞こえ、人々はそちらを振り向いた。
そう、これは『令乾門』が閉じたことを知らせる合図。
もう戻ることはできないのだ。
表情が暗くなる者が大半ではあったが、
それを振り切るかのように立ち上がると人々はまた歩き始めた。
話しは逸れるが、この一団の中でわずか12歳の
少女の昇山者がいることは有名であった。
その勇気を褒めたたえる者が大半で、
その護衛として付いている頑丘・利広・の存在も広まっていた。
『珠晶のような民がいるのだから、恭も見捨てたものではない。』とか
『たった3人で少女を守って蓬山に行こうなど、
それほど義侠心ある者は昨今ではなかなかいない』
など…捉え方は様々だが、どれも同情や賞讃の声ばかりだった。
それに対し頑丘は何か言いたげな様子だったが、
その内容もおおまか予想がついたためあえて聞くことはしなかった。
―そんな中での黄海で過ごす初めての夜…
珠晶があそこの原っぱがいい、と言った。
彼女が思っていたほど、黄海が危険ではないと感じたのかはさだかではないが、
それを頑丘は即却下し別の場所へと移動した。
珠晶は不満そうな顔をしたが、黄海の中では彼らの言うことが絶対だ。
渋々といった感じに従うと、彼の言う通りに準備を始め利広もそれに従った。
も大体のことはわかってはいたが、
彼に従う方が確実だと思いあえて彼の指示に任せた。
たちがほぼ何もかも済ませた頃、
…他の者達はというと野営地の中心に集まり大きな火をたき、
何やら会話を弾ませているようだった。
その様子をは特に羨ましいとは思わなかったが、
元々お嬢さん育ちの珠晶にはきついモノがあるだろう。
しかし、それに文句一つ言わない彼女には感心した。
大半の者が中心に集まりそこにいたが、それは初日だからということもある。
頑丘の指示により、・利広・珠晶・頑丘の順で川の字になり横なると、
趨虞を枕には寝た。
…まだ先は長いのだから
―それから数日後
珠晶もだいぶ慣れてきたようで、食事などの準備もスムーズに進む。
最近ではの予想していた通り、日に日に中心に集まる人数は減り、
頑丘と同じような寝床を作るモノやそれに似たモノを作る人々が増えてきた。
十中八九…その者たちの中には剛氏なり黄朱がいるに違いない、
とや利広もわかっていた。
…たぶん、珠晶も気付いているからこそ頑丘の言うことに
素直に従う理由の一つなのだろう。
しかし何故だか今日に限って珠晶はふと尋ねた。
「ねぇ、火を消さないといけないの?どうしても?」
「お嬢さんは明かりがないと怖いか」
皮肉めいた言葉で頑丘が聞き返すが、そういうわけではないらしい。
珠晶がムスッとしながら否定した。
「火は目立たないほうがいい。」
「今日は月も明るいしね。」
頑丘の言葉にも同意した。
中央では大きく明るい火と賑やかな声する。
「―どうして?」
「奴等は賢い。
火のあるところには人がいるといいことを知っているからだ」
…『奴等』とはつまり妖魔のことだ。
利広が確認するようにこちらを見たのでは小さく頷いた。
珠晶が頑丘に、教えなくていいの? と尋ねるが
頑丘は考えるまでもなく即否定した。
珠晶がでも…と食下がるが、それでも彼は頷かなかった。
や利広もあえて口出しはせず、二人の話しを黙って聞いていたが、
頑丘が無理やり終わらせ会話は途切れた。
―…後にこのことが後に大きな災いになるとも知らずに…
―その夜のことだった。
頑丘・利広・は周囲の変化に気付き目を覚ました。
「…来たか」
頑丘が小さく呟いた。
「そうみたいですね…行きますか?」
が中央に視線を向けた。
「あぁ、お前達二人のどちらかはまだ寝ている珠晶の側にいろ。
もう一人は俺と来い」
その言葉には利広を見た。
「…利広、私が行きます。珠晶のことお願いしますね。」
「わかった。」
即座に決めると、中央に向け走り出した頑丘のあとをが追った。
「…あれか」
標的を見つけ、二人の目が座った。
他にも数名が取り囲んでおり、様子を伺っている。
「…私が囮になります。その隙に」
「…わかった」
相手は巨鳥、飛行している相手に
どこまで通用するかはわからないが、やるしかない。
何時死ぬかわからない黄海、迷いは死に繋がる。
女だからとか、そういうことを一切抜きで任せてくれた頑丘に
は小さく感謝した。
「…お前の相手は私だ!」
正面へと躍り出たにどよめきの声が上がった。
「―…いざ、参る…!!」
見慣れぬ刀を抜き、構えたその目に恐怖の色は浮かんでいない。
妖魔の攻撃をヒラリとかわし、その片翼を切り落とした。
そしてその隙をついて後ろから何名かが飛び掛かり妖魔を倒した。
はすぐ頑丘に呼ばれ、足早に利広と珠晶の元へと戻る。
…さすがに珠晶も目を覚ましていたらしい。
その表情には恐怖の色がありありと浮かんでいた。
「―急げ!!ここを離れる」
その言葉に利広もハッとし星彩に荷を積みはじめた。
「何があったの?」
状況がまだ掴めていない珠晶が声を上げた。
「急げと言ってるだろうが!」
怒鳴りながらも頑丘はすでに準備を終え、少し遅れても歳に乗った。
利広もしばし遅れて準備を終えると珠晶と共に星彩に飛び乗り、
頑丘の行くぞという声で駮が走り始めた。
それに星彩が続き、最後に歳が行く。
途中、どこに行くのかと尋ねた男がいたが、頑丘が言った言葉に動揺し、
慌ててどこかへと走り去っていった。
と、後ろから追ってくるように何騎かの騎獣に跨がった人々が
こちらへと走って来た。
そのさらに後ろにも何騎かがおり、
いつの間にか全部で十数騎くらいにもなる一つの塊ができていた。
…しばらく走ると、ようやく走る速度を落とし彼らは一息ついた。
ふと、珠晶が利広に声をかけ、何があったのかを聞いているようだった。
もそれに耳を傾け彼らの横に移動すると、黙って歳の頭をなでた。
「…もう妖魔は襲ってこないの?」
珠晶が少々震えた声で言った。
見上げるように二人に目を向け、それを宥めるように二人はほほ笑む。
しかしその問いに答えたのは、いつの間にか星彩の反対脇に来ていた男だった。
「だいじょうぶだよ、お嬢ちゃん」
「奴等には縄張りがあって、普段はそこに一頭しかいない。
よその縄張りから新手が駆け付けてくるまでには、もう少し時間がかかる。」
「そう…なの?」
あぁと力強く言い切る男に多少の安堵感があったのか、
珠晶もホッと肩の力を抜いた。
「それより、嬢ちゃんだろ?朱氏を連れているのは―」
そう言って利広を見たが、彼は首を振り頑丘のいる方向を示した。
『朱氏』の意味をわかっていない珠晶は不思議そうに首を傾げ、利広を見上げる。
静かに見守っていたも、頑丘の元へと話しをしに行く男の後へと続く。
残された二人は珠晶が質問をし、利広が答えるというような形で
『朱氏』の話しをしていた。
…それは珠晶が考えていた以上に奥が深く、
『黄朱』という異端な存在の一人である頑丘の新たな一面を知ることになった。
―そしてこれはまだ嵐の前にすぎない…