【図南の翼編】
第二話:再‐さい‐
―春分・安闔日
地門には多くの人々が詰め掛け、広場に集まりつつあった。
前恭王が崩御してからすでに27年が経っている。
しかしそれを思わせないほど人が多く集まっていた。
全員が全員昇山をするわけではないことくらい分かってはいるが、
その事実には素直に驚いた。
…そして広場の南、犬狼真君の像が祠ってある祠廟の方へと
歩みを進め、進香をした。
犬狼真君は黄海に唯一存在すると言われる神だ。
黄海は神に見捨てられた場所、だからそこに入る者は必ずここを訪れる。
実際、利広もも仙籍に入っているため、
手足がなくなっても生きていくことはできる。
そういう意味では他の者より生存率は高いといえるが、
さすがに妖魔に食われたら死ぬだろう…。
そんなことを頭に浮かべながら、は利広に話しかけた。
「目的のお嬢さんは見つかりましたか?」
その問いかけに利広は首を横に振った。
「人が多すぎて探しようがないよ。
珠晶が規格外の大女だったら簡単に見つかったんだろうけどね。」
苦笑気味にそう言うと、それに続いて低い太鼓の音がした。
すると広場が水を打ったように静まり返る。
そう…これは地門が開く合図なのだ。
その先は広い谷が続いており、その両側は高く圧迫感があった。
曲がりくねった道自体は登りなのだが、
地の底へと下っていくような錯覚を覚える。
歩いているうちに、日差しが遠金剛山により遮られ、辺りは薄暗い。
そしてようやく見えてきた先には『令乾門』があった。
その巨大な門に描かれた絵は人々を圧倒させ、重い沈黙に包んだ。
それは近付くにつれて緊張感となり辺りの空気が張り詰める。
すると頭上から天伯の咆哮が響き渡り、どこからともなく一人の老爺が現れた。
それを見ていた利広が不思議そうにに聞く。
「あの老爺は“人”ではないね。
あれが噂に聞く天伯の転化した姿かい?」
その問いにも黙って頷いた。
「…そういう噂、ですけどね。誰も確かめたことはないですし…」
門を開ける様子を見つめながら、二人は黙り込む。
黄海の風が人々の髪を揺らし、峡谷をかけた。
丁度門を境とする対角には昨年黄海に入った者たちがおり、
先頭の兵士や黄朱達が互いに声をかけあっていた。
そして皆一斉に内外に駆け出し歓声が飛び交った。
―無事黄海を出られたことを喜ぶ者
―黄海に入り気合いを入れる者
様々なモノが交錯しあい、まるで何かの儀式のようだった。
それに出遅れまいと不慣れな昇山の者たちも後を追い、城塞へと走り始めた。
と利広もそれぞれ騎獣に乗ると、その後を追う。
ふとが口を開き利広を見た。
「…もしお嬢さんがいなかったらどうする気です?」
素朴な疑問を投げ掛けた。
「…あぁ、そうか。考えてなかったな…」
その返答にはやっぱり…という表情をした。
思いたったら即実行それが利広だ。
「まぁ、黄海にも行ってみたいとは思っていたことだし、
どうにでもなるさ。」
笑顔でそう言われてはも説教しようがない。
の長い溜め息とともに二人は城塞の中へと入っていった。
そこから少し行くと、内部には小さな町があった。
道幅は狭く、二人の趨虞が横二列で通るのがやっとなくらいだった。
宿とは言えないが、寝ることができ、食事も出してもらえる所があり、
元は兵士たちのためのモノだがその恩恵に二人もわずかながら預かった。
…一夜明け
二人は難なく珠晶の情報を手に入れることができた。
『小さな少女が来ている』と。
すでにこの城塞ではかなり知られているらしく、
それは間違いなく珠晶であろうという確信が二人にはあった。
先に祠廟に行き終わっていたは、
利広の騎獣・星彩と自分の騎獣・歳〔トシ〕をつれ利広を待っていた。
しばらくすると利広が戻ってきて、そこで珠晶に会ったことを教えてくれた。
星彩の手綱を利広に渡すと、急ぎ足に彼女の元に行くことにし、
「…お嬢さん、本当に一人で来たんだ。」
と呟くように言ったの一言に利広が笑った。
「一応、一人護衛を雇ったみたいだよ。」
「どうやって…?」
「さぁ?でも黄海慣れしているようだったから、
彼はきっと黄朱の民だろうね。」
「そうですか…。」
「ちなみに珠晶の持っていた騎獣は盗まれてしまったそうだよ。」
その言葉には絶句する。
「……本当、よく辿り着きましたね…その子。」
悪運かはたまた強運か。
話し合っている間に城塞の黄海へと出る扉が開き、人々が歩き始めた。
が、それと共に生臭いにおいがし、は顔をしかめた。
―…血のにおい、か…。
その理由は外に出てわかった。
獣の死骸が広場の隅に積み上げられていたからだ。
―これが黄海に入って一つ目の壁。
これに怖気付いてしまう者も少なくなく、
はふと…珠晶は大丈夫だろうか?と思ったが、
利広が前方に向けて笑顔で手を挙げていたため、
大丈夫だろうと思い直し後に続いた。
そして血のにおいがだいぶしなくなった頃、ようやく前の二人に追いついた。
前方にいる利広が何かを話しており、は蚊帳の外だ。
どうしたものかと歳の頭を撫でていると、前から高い声がした。
「趨虞だわ!!」
それを制すように低い声が続く。
「さっきから目の前にいるだろうが、いきなり叫ぶな。」
「違うわよ!利広の星彩じゃなくてその更に後ろに…」
はそう言う少女と目が合い、その言葉にその男と利広が振り向いた。
「これは夢か…?」
男が呟くように言い、利広は忘れてた。と言わんばかりにを見た。
そんな彼を睨みつけると、利広は気圧されるように紹介をし始めた。
「珠晶、頑丘、紹介するよ。彼女は私の友人でというんだ。」
本当に友人なのかどうかは怪しい所だが、
この場ではその表現が一番まともだろうと、もあえて何も言わなかった。
「どうも初めまして、です。」
そう言って二人を見ると、二人の顔はどこか惚けたような表情で、
ハッとした珠晶が慌てて口を開いた。
「初めまして!私は珠晶こっちは頑丘。
、って呼んでいいかしら?」
「えぇ、私も珠晶って呼ばせてもらいます。」
そう笑顔で返すと珠晶も嬉しそうに返事をした。
「うん!、この子の名前はなんていうの?」
「この子は『歳』っていうの。歳月の歳と書いてトシ。」
「…まさかあんたも『貰った』とか言うんじゃ…。」
先程まで口を閉ざしていた頑丘がを一歩引いた目で見た。
それには大きく首を横に振り…
「違いますよ頑丘さん、どこかの誰かさん程私は裕福ではないので。
ちゃんと自分で捕まえたんですよ。」
ニッコリとどこか黒い笑みで言うに、
隣りの利広は酷いなぁ、とぼやいていた。
「ということは、とかいったな…
あんたは黄海に入ったことあるんだな。なら、大体のことはわかるな?」
その問いにはコクリと頷いた。
「…あとさんはいらん。頑丘でいい、俺もそうさせてもらう。」
「わかりました。
えぇ、おおまかなことなら…妖魔と戦ったりもそれなりにしましたし。
『昇山』は初めてですけどね…。」
「そうか…。」
その言葉に頑丘も少々安堵の息をもらした。
さすがに初心者が3人ともなれば足手まといになりかねない。
その点、が加わったことで彼の苦労はいくらか軽減されたのだから。
珠晶の表情にはまだ余裕が見えるが…先はまだ長い。
果たしてわずか12才の少女がどこまでこの黄海に耐えられるのだろうか…?
何が起こるかわからないのが黄海なのだから。
―始まりはまだこれから…